第4話

ミリアの事を婚約破棄してからというもの、ドリス伯爵はその心の中を大いに色めき立たせていた。

それは他でもない、自分がながらく期待を持ち続けていたセシーナと結ばれるという未来が、実現可能なものとなったからである。


「(ミリアのやつを婚約破棄したことで、状況は完全に出来上がった。あとはセシーナにアプローチをかけるだけだとも…♪)」


伯爵である自分が声をかければ、向こうは必ず食いついてくることだろう。

ドリスは心の中でそう確信を持っていた。

そしてその野望はすぐに行動に移されることとなり…。


――ドリスとセレーナの会話――


「あら、お姉様の事を婚約破棄された伯爵様ではございませんか。はるばるお越しいただきありがとうございます」

「こちらこそ、こうして直接お会いできたことをうれしく思っております、セシーナ様」


二人の最初の邂逅は、意外にも穏やかなものであった。

互いに性格に難のある者同士、そこには穏やかさなどかけらもないのではないかと思われていたためだ。


「しかしお姉様もお気の毒ですわねぇ。伯爵様という、この上ないほど素敵な婚約者様に巡り合えたというのに、すぐにその関係を終わらせてしまうだなんて。もしかしたら今後二度と婚約関係なんて結べないかもしれないのに、その重要さが理解できていないのかしら?」


自分の事ではないからか、好き勝手な感想を口にするセシーナ。

もともと彼女たち二人は決して仲が良いというわけではないため、自然と言えば自然な流れではあるのだが…。


「セシーナ様、私はもともと君との関係を夢に見てミリアに近づいたんだ。そうすれば巡り巡って君のもとにたどり着けるのではないかと思ってね。だからこそずっと、ミリアには君の代わりを演じるよう毎日言葉をかけ続けたものだよ。もっとも、彼女はそれに満足させられるほどのものを見せてくれたことは一度もなかったがな」

「当然ですよ。私に比べればお姉様は可愛さに欠けますし、大した魅力もありませんからね」


自信満々といった雰囲気でそう言葉を発するセシーナと、そんな彼女の事を場をそのままの意味でとらえるドリス。

しかし現実にはその立場は逆転しつつあり、貴族家の男性からはセシーナよりもミリアに魅力を感じている者が多くなりつつあるのだが、その点に関してはセシーナは気づかないままだった。


「それで伯爵様、今日は私にどのような話があってこられたのですか?まさか、お姉様との昔話をするためだけに来られたわけではないのでしょう?」

「当然だとも♪」


まるで挑発するかのようなセシーナの口調に、ドリスはどこかうれしそうな表情を浮かべて見せる。

きっと彼は、彼女とこのような会話をすることをずっと待ち続けていたのだろう。

彼の目に映るセシーナの姿は非常に可愛らしく見え、その心の中に抱く彼女への思いはますます強くなっていくばかりだった。

…しかし、その目に映るセシーナの姿が完全に偽りのものであるという事に気づくには、まだまだ長い時間が必要そうであった。


「(これだこれだ、この雰囲気だ…!ミリアなんかじゃ絶対に出せないこの雰囲気、私はこれをずっと待ち続けていたんだ…!)」


どこか興奮を隠せない様子のドリスではあるが、それをそのまま表にしてしまったらセシーナからどう思われるか分かったものではない。

彼は慎重にその事を胸に刻みつつ、セシーナとの関係をより深めるべくあえてミリアの名前を口にした。


「ミリアも君のような愛らしさを持っていたなら、僕から婚約破棄されるようなこともなかっただろうになぁ。同じ姉妹であってもどうしてここまで差がついてしまっているのか、僕には見当がつかない。まぁおおよそ、妹の方が姉である自分よりも上だと言う事実を受け入れたくなかったのだろうが」

「それはたぶんそうだと思いますね。お姉様ってあまり魅力がないくせにプライドが高いというか、そういうところがあるものですから。素直に私に対してあなたの方が上、と言ったなら楽になれるでしょうに…」


ミリアが裏でどう動いているかも知らず、現実にはミリアの方が周囲の人々からの支持を得ている事にも気づかず、一方的な言葉のみを繰り返していくセシーナ。

そしてそれはドリス自身も同じであり…。


「今頃泣いているのではないだろうか?私が切り捨てた後ともなれば、その身をもらい受けるものなど一人も現れない事だろう。…だからこそ私の言う事に素直に従っておけばよかったものを…」


仮に従っていたとて、ドリスがミリアの事を愛した可能性などゼロだったであろう。

しかし彼はまるで自分には慈悲の心があり、向こうがそれを裏切ったのだと言う立場を崩さない。


「…それじゃあセシーナ様、そろそろ一緒に来てはいただけませんか?君が必ず喜ぶであろう場所を用意させていただいているのです。ミリアなどではみたされなかったこの心、君ならば必ず満たしてくれるものと大いに期待しているのです」

「もう、伯爵様ったら強引なのですわね♪」


2人は互いに不敵な笑みを浮かべながら、そのままドリスが計画していた通りの場所を目指して動き始めた。

…そうしている間に、事態が大きく動き出すことになるとも知らず…。

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