第29話 共有スキル

「じゃあ、行くか!」


「ちょっと待ってください!」


勢いよく声をかけた俺に、制止の声がかけられた。


見ると、アイテムボックスの兄ちゃんが走り寄ってきた。


「どうしたんだ兄ちゃん。そんな慌てて」


膝に手をついて息を整えていたアイテムボックスの兄ちゃんが、呼吸が落ち着いてから言った。


「子供たちに飴を配りたくて」


「アメ?」


首を傾げる俺とミミの横を抜けてお兄ちゃんは子供たちの前に立ち、アイテムボックスを展開した。


「子供たち、飴は欲しいですかーっ?」


「「「「「欲しいーっ!!!」」」」」


「じゃあ、このアイテムボックスの中に手を突っ込んで、1人1個ずつ取ってください。1人1個ずつですよ?」


「「「「「わーい!!!」」」」」


子供達が、アイテムボックスに殺到した。


「兄ちゃん……」


俺は尊敬の目で兄ちゃんを見た。


アメをあげるだなんて、無料でアイテムボックスに触らせるための口実だ。つまり、兄ちゃんが子供達にボランティアをしているということだ。


俺の尊敬の眼差しを受けた兄ちゃんは、恥ずかしそうな顔で居心地悪そうに頬を掻いた。


「これが私にできる精一杯です」


俺は満面の笑顔でウインクして、兄ちゃんに言った。


「最高の精一杯だ。お前は最高の男だ」


アイテムボックスに触れると、ダンジョンでアイテムボックスのスキルに目覚める者が現れることがある。


アイテムボックスは、探索にとても便利なスキルなので、子供たちに、それを獲得できるかもしれないチャンスを、この兄ちゃんは与えているのだ。


優しい男だ。この兄ちゃん、顔がいいだけの男じゃなかったんだな。


俺は感心した。


その時、野太い野卑な響きの声がかかった。


「おう、兄ちゃん。俺たちにも飴を恵んでくれよ」


態度の大きい、粗野な雰囲気を持った大男達が歩いてきて、威圧するように兄ちゃんを取り囲んだ。


ところが兄ちゃんは、ビビるどころかさらに優しく柔らかに微笑んで、はっきりきっぱりと言った。


「大きなお友達は、ご遠慮ください」


俺は、それを見て呟いた。


「こわっ」


兄ちゃんって、笑ってるのに目が笑ってないんだよな。それがすごく迫力があるんだ。コワイ。ブルブル。


俺は乱暴者の雰囲気を持つ大男たちを怖がるよりも、優しく微笑む兄ちゃんに恐れた。


兄ちゃんと大男たちは、しばらく睨み合いを続け、そしてどちらともなく笑い出した。


バカみたいに、底抜けに明るい笑い声だ。


兄ちゃんと大男たちは、お互いの拳をぶつけ合って笑顔で手を振って別れた。


大男たちは、何事もなかったように談笑しながらダンジョンに入っていく。


最初は、そのやり取りに緊張していた子供たちも、まるであっけにとられたようにポカーンとそれを眺めていた。


俺は周囲を見て理解した。


アイテムボックスの兄ちゃんに、ちょっかいをかけようとした者たちが、そのやり取りを見てあきらめたのを。


あの茶番劇は、周囲に牽制するという意味のある演技だったのだ。


兄ちゃんの表情から察するに、事前打ち合わせのない、あの大男たちの独断の演技だ。そのアドリブに、兄ちゃんが急遽合わせたんだろう。言葉なしに通じる堅い絆を見た気がした。


「あいつら、優しいな。顔は怖いけど」


ダンジョンから、大きなお世話だという声が届いた気がした。







兄ちゃんに別れを告げて、子供たち────石投げ隊を連れてダンジョンに入ると、例の電子音声のような女性の声が頭の中に響いた。


『プレイヤーヒロは、ギフト【共有】を獲得しました』


………………


…………


……



「えっ?」


「どうかしたんですか~?」


「なんかまたギフトをもらった」


「ほえ~」


ミミが、驚いてないような驚きの声をあげる。


「どんなスキルをもらったんですか~?」


「共有っていうスキルなんだが、わかるか?」


「いいえ~。初めて聞くスキルですね~」


俺は、ステータスに表示された共有スキルをタップして、詳細を表示してみた。


【共有】他人とスキルやステータスなどを共有する。


さらに操作すると、誰と何を共有するか選択してください。というウィンドウが出てきて、俺のスキル一覧とHPや筋力知力敏捷などのステータス、そして周囲にいる人間の名前が表示された。


これ、どこまで共有できるんだ? ページをめくるが、ずらりと並んだ人物名が尽きない。


試しに、元気スキルをミミと石投げ隊の子供たちを対象に共有を選択してみた。それ以外は除外した。


「どうだ?」


「これ、いいですね~! 活力が湧き出てきます~」


「うわ、すごい。体が軽い! 動きたい!」


子供達にも好評だ。キャッキャと明るく笑い合って、体を動かしてみている。


元気スキルを持っていると、いつでも体調が絶好調なのだ。もちろん、体が軽くなるが、気持ちまで明るくなる。


害はないようなので、HPも共有をしてみた。


「どうだ?」


自分のステータスを検索して、ミミが言った。


「HPの数値が上昇してますね~」


自分の体をあれこれ触ったり動かしたりしていた孔雀が答えた。


「なんか……守られてる気がする。安心する。冬に温かい服を着た感じ」


これは、HPも共有できたということだろうか。だが、試すわけにはいかないな。子供達のHPの有無の検証は後回しにしよう。


と、その時、


「えっ?!」


俺はステータスのある部分を見て驚いた。


「レベル33?!」


むっちゃ、レベル上がってる。


ネットで調べた限りだと、スライムなんか何匹倒してもレベル10以上には上がらないはずなんだが。


なお、参考までに、レベル30は一流の探索者と呼ばれる。


この甘南備山頂ダンジョンのトップランカーである『天邪鬼』のリーダー『スカーチーク』だって、レベルは36だ。なお、スカーチークはふたつ名で、本名は前田だ。アイテムボックス兄ちゃん情報によると、前田さんは現在、東京環状ダンジョンに出張中らしい。東京環状ダンジョンでトラブルが発生して、有力な探索者が集められているらしい。


なお、ミミは甘南備山頂ダンジョンのトップランカーではなく、日本のトップクラスランカーだ。参考までに、世界のトップランカーは、公式記録ではレベル88。


それにしても、共有スキルは超便利だ。これで、子供たちの安全性は格段に高まった。助かる。嬉しい。


と────、その時、ふと思った。


レベルや経験値は共有できないのか?


やってみた。


結論から言おう、できた。


ミミのレベル66は、レベル69に上がり、子供達の身体能力は目に見えて向上した。


「チートスキルね~」


呆れたようなミミの声に、俺も同意して頷いた。


共有スキルを有効にすると、俺と同じ能力を持った人間が無限に増えるということだ。


無限は言い過ぎかもしれない。今のところ、28名が確認できた上限だ。


ああ、変態スキルは共有しないぞ。


しないからな。


──────────

【あとがき】

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