第27話【閑話】俺には神が要る(居るではない)

初めて子供が生まれた時の話だ。


俺はあまりにも嬉しくて、妻に100回ありがとうと言った。


100回目に妻がうざいと言って俺を殴った。


妻から拒絶されたので、俺は仕方なく駅前に行って通りすがる人すべてにありがとうを言って回った。


幼なじみのリボンがアスリート走りで走ってきて、俺を殴って止めた。


痛かった。


本気で殴りやがった、あんちくしょう。


仕方なく俺は、頼りにしてる先輩であるヒイ先輩に相談した。


「俺はどうしても、ありがとうって言いたいんだ。ヒイ先輩、どうしたらいい?」


「じゃあ神様に、ありがとうって言えばいいんじゃないか? 神様なら、うざいとか言ったり殴ったりとかしないだろう?」


「ヒイ先輩、神様って本当にいるのか?」


「それは俺おっとっと。いや、お前ちょっと待てよ。それ、神様の立場になって考えてみろよ」


「神様の立場?」


「例えば、この世界のどこかにいる知らない人が、「ヒロは存在するのだろうか存在しないだろうか」って真剣に考えてたとするよ? お前はどう思う?」


「え、そんなの関係ないじゃんって思うよ。無駄なことしてるよな。どうでもいいじゃん、そんなこと」


「神様だって、神が存在しているのか存在していないかって考えてる人を見て、お前と同じように思ってると思うよ。人から存在するとか存在しないとか思われたって、神様、何とも思わない。完全に神様の問題じゃなくって、人間同士の考え方の問題だもんさ。人間同士の考え方の問題に神様を巻き込むなよ。つまり、神様の立場を考えていない。俺のことについて、誰にどのように思われたって、俺には一切関係がない。例えばさ、ヒロが嫁に「ヒロはタヌキの置物」って思われたら、ヒロがタヌキの置物になるか? すごく似てるけど、ならないだろ? すごく似てるけど。それと同じように、俺は誰に『いない』と思われたって、いなくなったりしないよ」


「ふ~ん。で、結局神様っているのいないの?」


「そもそもな? 神って、人間の言葉だろう? 神は自分のことを人間の言葉じゃなく、神の言葉で呼んでいるぞ? 神なんて、人に付き合うより、神同士で切磋琢磨している時間の方が圧倒的に多いんだ。そもそも神なんて呼んでくれるな、俺はそんなに偉くない。俺以上にすごい奴なんか無数にいるんだ。まあ、話が進まないから神でいいけどな? 人間が納得する説明で神を語れると考えるのは、傲岸不遜だと思うぞ? 神を理解できるのは、神だけだ。まあいい、事実だけを言うぞ。『神様が存在することを証明することができた人間はいない。そして逆に、神様がいないことを証明することのできた人間もいない』つまり、『神様がいるのかいないのかは、現時点では 、わからない』」


「じゃあ、将来的には神様の存在が証明されるってこと?」


「人間同士の考え方の中という区切りで神様について考えている限りは無理なんじゃないかな。だって、ほら、神様って人間じゃないじゃん。人間って全知全能じゃないだろ? 人間が全知全能になったら、神様のことが分かるよ。逆に、人間の有限な考え方では、到底神様には届かない。神を知るには、人間が無限を知る必要がある。神を感じることだけが、人間にできる精一杯だ。人間の考えは人間なんだ。人間が考えて答えを出した神は神ではない。その答えは、どこまで行っても人間だ。神について考えて、答えを言葉にした瞬間に、神は人間に堕ちる。ゆえに、神については語りえない」


人間は、永遠から一瞬だけを抜き取って、無限を有限に落としてしまう。神は全部で人間は一部だ。一部を全部だと言うのは、分かりきった詐偽だ。


「じゃあ俺は、どうすればいいんだ?」


「神様はいるということにして、神様にありがとうって言えばいいんじゃないか? それでお前の気が済むんなら、それでいいだろう? ありがとうって言いたいのは、完全にお前の気持ちだけが問題なんだからさ。そこに神様の実在不在は一切関係ないじゃないか」




間違えちゃいけないよ?


神様がいないのが悲しいのではなくて、神様がいないと悲しいんだよ。


だって、あなたが神様だと言ってるそれは、あなたの思いなのだから。


あなたの思いは、神様のように大切だよ。


自分の思いがないなんて、ありえないだろ?


自分の思いを、自分が大切にしなくてどうするんだい?


あなたは、この世にたったひとりしかいない、特別で素晴らしい存在なのだから。




「確かにそうだ。分かった。2ヶ月間、試してみるよ」


こうして、俺は2ヶ月間、神様がいるということにして神様にありがとうと言い続けた。


すると、不思議と自分の気持ちがスッキリするのだ。


これはいいと思った。


こういう経験があって俺は、俺の中だけで、神様がいるのかいないのかわからないけど、俺だけは神様はいるということにして物事を考えよう、行動しようと思うようになった。


ただ、神様がいるのかいないのかわからないという事実だけはしっかり把握しておこう。そう思った。


でも、事実は生きる目標にしなくていいんだよな。だから俺は、生きることが楽になるために神様がいると思うことにした。


つまり、夢とか希望とかそういう類のことだ。実体がない。でも、実体がないからと言って、夢や希望が存在しないなどという人間はいないだろう。絶望した人間以外は。


俺にとって、神様という言葉の意味は希望なのかもな。知らんけど。


だって、希望なんて人それぞれじゃんか。


だから俺は、希望という言葉を次のように言い換えた。


『光』


俺は、航海する船が北極星の光を頼りに進むように、希望という光を目指して生きているからな。


事実という地面をしっかりと踏みしめて、光を見て、人生という道を歩いている。


俺には、そういう意味において、ひかりる。


要るは居るに通じるんだよなあ。


まったく違うんだけど、区別は非常に難しい。


必要さえあれば、「なければ作ってしまえ」ってのが人間だもん。







「でもさ、ヒロ」


「ん、なに? ヒイ先輩」


「お前は神を何だと思ってるんだ?」


「認知科学で言うところのアフォーダンス」


「アホーダンス?」


「アフォーダンスね」


「なんだそれ?」


「んっと、椅子を見たら座れると思うとか、カッターナイフを見たら紙を切れると思うとか、強盗に襲われたら逃げるとかそんな感じかな。あと、プールに入って遊んでいるうちに自然と泳げるようになったとか」


「つまり何だ?」


「『あ、そうなんだ。じゃあ、こうしよう』だよ」


「俺には、お前が何を言ってるのか、さっぱりわからん」


「環境の状況に合わせて自分が何をすればいいかがわかるということ。なにかができるようになるということ。そういう知識と能力を自分に伝えてくれるのが俺の言う神という存在。認知科学の言葉でアフォーダンスだね。AIの基礎理論にも応用されてるよ。『環境によって知識と能力を人間に与えてくれる存在があるのでは?』という問いから生まれた、仮説の上での未確認存在だね。全ての環境における環境の状況に適応するための知識と能力を与えてくれるというところから、神は全知全能とされているね。分かりやすく言えば『環境に適応する』かな」


「神、イコール、アフォーダンスか。新しいな」


「時代は変わったんだよ。ところで、ヒイ先輩は神様をなんだと思っているの?」


「それは俺おっとっと、神とは愛だ」


「ヒイ先輩の言う愛ってなにさ」


「良いってことだ」


「ヒイ先輩の言う良いってなに?」


「『ためになる』だよ」


「ヒイ先輩の言う『ためになる』ってなにさ」


「経験」


「ふ~ん」


「俺からのお願いだ。とにかく何でもいいから、いっぱい経験してくれ。頼んだぞ、ヒロ」


「は~い」


「それから、思う存分、俺が作っ……げふんげふん! この世界を楽しんでくれると嬉しいな」


「は~い」


──────────

【あとがき】

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