第26話 就職支援

「それで、もう一つ相談があるんだが」


モンスターカードの件が終わると、俺はもう一つの相談事をミミに切り出した。


「次は何でしょう~?」


「生活に困窮しているお隣さんに職業を斡旋したくてな。ちょっと心当たりがあったんでミミに相談してみようと思ったんだ」


「心当たりとは何ですか~?」


「ギルドで、人工的にポーションが作れないかどうか研究してるだろう?」


「よくご存知ですね~」


「その研究に東城を参加させないか?」


「東城? 薬剤界の重鎮の? 確か没落したはずよね~」


「俺ん家のお隣さんが、その東城なんだ」


「まさか当主じゃないですよね~。彼は犯罪者として国際手配されているはずだから。となると、まさか……」


「夫人の方だ」


そう言うとミミの雰囲気がガラリと変わった。


「また女~?! まったく次から次へと~!」


おっとりのんびりとした雰囲気が、肉食動物が小動物を追い詰めるかのような鬼気迫る雰囲気に変わった。


「夫人は、おいくつですか~?」


「男が女性に年齢なんか聞けるかよ。外見年齢は24歳に見える」


「女に女の相談をしますか~? 一体どんな面の皮をしてるんですか~?」



「お前は一体何を言っているんだ」


「いいでしょう~。この私が見極めてあげます ~。さあ、早速夫人のところに行きますよ~」


「え? そこまで急いでないんだが……」


「い、き、ま、す、よ」


「はい」


俺は震え上がるほどの恐怖を感じて、素直にミミに従った。







ミミの自家用車である黒塗りのベンツに乗って自宅に戻った。


黒のベンツとは、いかついな。


自宅に戻って隣を尋ねると、まだ不動も弥勒も学校に行っていなかった。弁天も居る。


ドアをノックして声をかけ、しばらくすると不動が扉を開ける。


「どうしたんだ、おっさん」


「どうしたんだろうなあ」


お互いにわけのわかっていない俺たちをミミが押しのけて、中にズカズカと入って行った。


「おい、ミミ」


あまりの暴挙に、俺がミミを止めようとすると 、弥勒、弁天、ミミがそれぞれ顔を見合わせた。その途端、


「フシャアアアアアア!」


「シャアアアアアア!!」


「ガルルルル!!!」


まるで猫がケンカ相手を威嚇するような声が3人から起こった。


3人とも見たこともないような怖い形相で、正直引いた。


「姉さん、母さん、一体どうしたんだ」


「おい、やめろ、不動!」


戸惑いの声を上げる不動に、3人がギッと目を向けた。


1秒間に30回ぐらい人を殺せるような、殺気のこもった目だ。


俺は不動の腕を掴むと、強引に部屋の外へ連れて行った。


ドアを閉め、ドアを背もたれにしてズルズルと座りこむ。隣に同じように座った不動が声を上げた。


「こわぁあ」


「ああなっちまった女には絶対に声をかけるな 。絶対に言葉が通じない。あれはもう人ではない。獣だ」


背後のドアの向こうから文章になっていないののしり合いのような声が聞こえてきた。


そんな罵詈雑言がしばらく続いたが、やがてポツリポツリと会話が聞こえてきた。


話の内容はわからないが、どうやら取引のようなものが始まったようだ。


その取引のようなもの────交渉が終わると、おもむろにドアがガチャリと開いた。3人とも揃っている。


恐る恐る顔を上げて3人の顔色を伺うと、何か、ものすごくすっきりとした顔をしていた。


「それではヒロ様。私は学校に向かいます。ミミさん、お母さま、よろしくお願いしますね」


清楚で可憐な、つつしみある大和撫子のような風体で弥勒が言う。可愛らしく響きの美しい声だ。さっきは、ガルルルル!!! とか言ってた。


「ルンルンさん。私も今日からギルドの方に通いますね。就職先の斡旋、ありがとうございます」


貴婦人のような優雅な仕草で弁天が上品に笑う。鈴が鳴るような心地好い響きを持った美しい声だ。さっきは、シャアアアアアア!! とか言ってた。


「ダンジョン探索の時は任せて~。その代わり自宅と私生活では、お願いしますよ~」


のんびりほんわかした空気でミミが言う。さっきは、フシャアアアアアア! とか言ってた。


そして3人は、がっしりとお互いの肩を組んでスクラムを決めた。どーん!


まるで深い友愛で結ばれ、勝利という同じ目標に向かって邁進しようとするチームメイトのようだ。


「さあ、行きましょう。ルンルンさん」


「いきますよ~。れっつご~」


弁天とミミが俺の両側に立ち、がっしりと腕を組んでくる。


とびっきりの美女2人に腕を組まれているこの状況なんだが、羨ましいと思うだろうか?


俺は、なぜだか警察官に捕まった犯人のような気分になった。


「おっさん……」


やめろ、不動。


憐れみを込めた目で俺を見るな 。


その視線は、薄氷のように繊細な、俺の心に刺さる。


──────────

【あとがき】

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