第23話 不動の事情
○ 不動視点。
大人なんて、もう絶対に信じない。
父親に裏切られて、俺は、そう心に誓った。
俺は、東城理人。13歳。星城中学校に通う中学2年生だ。
父親に裏切られる前の俺は、親のいうことに素直に従う優等生だった。
だが、父親に裏切られてからは、大人のいうことにはなんでも反抗するようになってしまった。
星城中学校は名家が通う名門だ。
だが、ここの学校にはZクラスという特別な教室がある。
そこは、没落した家が集められたクラスだ。
ダンジョンの出現は社会構造を変えた。
ダンジョンの出現によって益を得る者がいれば、その逆、不利益を被る者もいたのだ。
このクラスには、そういう不利益を被った家の者たちが集められている。俺もその1人だ。
クラスは、男が俺を含めて3人。女の子5人だ。
俺は幸運な男だった。
女の子たち、そして男友達が、俺の家の再興を信じて助けてくれているのだ。
……分かっている。再興を信じているなんて、俺を助けるための口実であることくらい分かっているさ。
俺が母さんの会社再興の願いを叶えたいことを知っているみんなが、それを応援してくれているだけだ。
具体的には、みんなが出し合って、お昼に食料を食べさせてくれる。少ない量の食料を、みんなで分けあって食べているのだ。
食料は、その時、運良く仕事にありつけた者や食料を分けてもらえた者が持ち寄って、みんなで等分して食べる。
誰が手に入れたとか、誰が一番えらいとか、まったくなしに、みんなで等分して食べる。
「御家が再興したら、おごってくれよ」
「御家が再興したら、妾でも愛人でもいいから囲ってね」
なんて、冗談交じりに明るく笑っている。
きっと、こいつらは、俺の家が再興しようがしまいが、明るく笑っているに違いない。
分け合う幸せがここに────、Zクラスには、確かにある。
でも、みんな、極限状態だった。
いつ誰が、突然いなくなってもおかしくない。
それくらいの極限状態。
────助けたい。
友達も家族も、みんな助けたい。
でも、俺は無力だった。
そんな俺を、まるで当たり前のように助けてくれたのが、となりに引っ越してきたおっさん。ヒロおじさんだった。
○
姉さんが生まれて初めて料理を作って食べさせてくれた日の次の日の朝。
約束通り、姉さんと2人でヒロおじさんの部屋を訪ねた。
まるで友達のように挨拶して部屋に入る。
ヒロおじさんは、偉ぶらない。
まるで大人ではなく、俺と同じ子供のような感じの人だった。
そのヒロおじさんが、また変なことを言い出した。
「俺も貧乏なので、お前たちにも少ない食事量で我慢してもらう。そのために、我慢しなくていい食料を決める。それは、この、ゆで卵だ」
そう言って、テーブルの中央にザルに山積みしたゆで卵を出す。すごく笑顔だ。
「どういうことだよ、おっさん!?」
俺が突っ込むと、ヒロおじさんが得意げに話してくれた。
「我慢しなくていいものがないと、到底我慢なんか出来ないもんさ。こまけーことはどうでもいいんだ。さっさと弥勒の作ってくれた料理を食べようぜ」
ヒロおじさんと一緒に、楽しそうに、姉さんが料理を作ってくれた。
きっと姉さんは、ヒロおじさんのことが好きだと思う。
よりによって、こんなチビデブハゲのおっさんを好きになるなんて、姉さんは悪趣味だ。
まるで姉さんを取られた気持ちになって、とても面白くない。
ましてや、姉のメス顔を見せられる弟の居たたまれない気持ちを、ちょっとは分かって欲しい。正直、キツい。
ヒロおじさんも姉さんも非常に上機嫌な中、俺だけがブスッとして食べた。
少し遠慮しながら、ゆで卵に手を出した。
ゆで卵を食べる時、チラッとヒロおじさんの顔色をうかがった。
笑ってる。
ヒロおじさんはゆで卵を食べる俺を見て、上機嫌に嬉しそうに微笑んでいた。
本当に我慢なんかせずに、食べていいんだ。
ヒロおじさんは、俺がゆで卵を食べるたびに喜んでくれた。
○
「ああ、不動。これ、約束のもう一食分な。部屋に持ち帰って食べるんだろ? 持っていきな」
朝食後、ヒロおじさんがそう言ってお盆に朝食を乗せて送り出してくれる。言葉の外で、お母さんに食べさてあげな。そう言っている。
「これは、おやつの枝豆。それと、余ったゆで卵を持って帰りな。残してても腐らせて捨てるだけだからな。良かったらお前らで食べてくれ」
枝豆はお弁当箱3つ。ゆで卵はまだたくさん残っている。これだけあれば、Zクラスのみんなにも行き渡る。涙が出るほどうれしかった。でも────、
「どうして……」
「ん?」
「どうして、そこまでしてくれるんだよ! おかしいだろ、他人なのに!」
俺はヒロおじさんに食ってかかった。
姉さんがなにか言っていたけど、耳に入らなかった。
ヒロおじさんは、少しだけ考えて、そして言った。
「俺は、幸せになりたいのさ」
「はあ? なんだよそれ?!」
「わからないか? 俺は不幸になりたくないんだよ」
「なにが不幸なんだよ?!」
ヒロおじさんは、めんどくさそうに、ため息をついて言った。
「俺がメシ食ってる部屋のとなりで、女と子供たちが腹を空かせて泣いているなんて、辛くて苦しくて耐えられねえんだよ」
「なんだよそれ……、俺たちが悪いって言うのかよ?!」
さらに俺が食ってかかると、ヒロおじさんは優しく微笑んで、こう言った。
「お前が悪を背負うのはまだ早い。悪は大人に押し付けな。大丈夫だ。大人の背中はでっかいんだ。余裕で悪を背負える。だから、どうしても悪者が必要だっていうなら、俺が悪いってことにしておいてくれ。じゃないと、俺の大人としてのメンツがつぶれる。頼むから、俺に恥をかかせないでくれ」
俺には、ヒロおじさんが、なにを言っているのか、わからなかった。
「なんだよ、それ……」
「お前は自分の価値をまるでわかっていない。いいか、お前は……お前たちは、メシを食うだけで俺を幸せに出来る奇跡のような、価値ある特別な存在なんだ」
そして、ヒロおじさんは、真剣な声で言った。
「お前たちは、なにがあっても絶対に悪くない。だから胸をはって堂々と前を向いて歩いて行け。理人、お前は、不動明王だ。そして、鈴音、お前は、弥勒菩薩なんだ」
50年の人生の全てをこめたような重い声だった。
胸にズシンと来た。
あまりの迫力に、なにも言い返せなかった。
俺は、バカみたいに突っ立って、ヒロおじさんを見ていることしか出来なかった。そしてそれは、姉さんも同じだった。
ただ、ヒロおじさんを見つめていた。
やがて、ヒロおじさんが俺たちを自分たちの部屋に送り出そうとした。
部屋を出る時、ふと振り返って俺はヒロおじさんに聞いた。
「おっさんは、大人なのか?」
「残念ながら、まだ子供だ。大人になりたいって必死に足掻いている子供だ。大人になるってのは、本当に難しいことなんだ。でも俺はな、大人になろう、大人であろうとしてる間だけ大人になれると信じているんだ」
わからない
物分りの悪い俺は、わからないことをわからないままに、次の疑問に移った。
「俺が不動明王なんだったら、おっさんはなんなんだ?」
神さまか?
ヒロおじさんは、少しイタズラっぽく顔を歪めて答えた。あの、初めて会ったときの偽悪的な目をしている。
「俺は、チビデブハゲだ。カッコ良く英語で言うと、『チビデバー・ハゲルンルン』だな」
俺は、ずっこけた。
「全然、英語じゃねえよ!」
俺が突っ込むと、ヒロおじさんは朗らかに笑って言った。
「ああ、すまない。ルンルンはフランス語だったな」
「フランス語でもねえよ!」
「えっ? でも、ルンルンの、楽しげでありながら、どこか優雅な響きがフランスっぽくないか?」
「ぽくないよ!」
「じゃあ、チビデバー・ハゲルンルンは、いったい何語なんだよ!」
「日本語だよ! なにキレてんだよ、わけわかんねえよ、おっさん!」
「2人とも、ケンカはやめて」
泣きそうな姉さんが、止めに入った。
「ケ……、ケンカなんかしてねえし」
「そうだぜ。俺たちは仲良しフレンドだ。わっはっは」
俺とヒロおじさんは肩を組み、上半身で、姉さんに仲良しアピールをしたのだった。
──────────
【あとがき】
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