第20話 消える夜の夢
2日目の夜、不動と弥勒との夕食を終えて、俺は甘南備山ダンジョンのギルドに戻った。
ギルドに併設されている食堂に行くと、もうすでにアンブレラの二人が待っていた。
「お二人さん、お待たせ」
気さくに声をかけて2人の前に座る。
どうやら2人とも、夕食が終わった後のようだ。
食べ終わった食器がそのまま置いてあり、食後のコーヒーなどを楽しんでいるようだった。2人が酒を飲んでいないのは、真面目な話をしたいからだろう。
「さ、早速だが事情を話してもらおうか」
「うひひ、包みかくさず言うのだぞ」
「ああ、俺はダンジョンに子供たちを連れて入って、そこで起こったことだが……」
俺はアンブレラの2人の言う通り、包みかくさず全てを話した。危機は俺のスキルで乗り越えたとだけ言って、スキルの詳細はふせておいたが。
「う、うかつに罠を作動させたことは咎めたいが」
「うひひ、まあしゃあない」
俺は、アンブレラの2人から無罪放免を言い渡されてほっとした。
「で、でもそれってあの話だよな」
「うひひ、 殺人部屋の話だな」
「
「あ、ああ、ついさっきギルドが公表した、このダンジョンでの殺人部屋の存在だ」
「うひひ、そこの掲示板にも張り紙が貼られてあるから詳しくはそれを見ればいいが、まあ、要するに、入ると必ず死ぬから入るなよという警告だ。もっとも絶対に入れないように封鎖するのではなく、注意喚起の看板を置いてあるだけって話だがな」
それでいいのか?
「さ、最初に入ったパーティーが生きて帰って、しかも多額の利益をギルドにもたらしたんだ。ギ、ギルドが封鎖するわけがないよな」
「うひひ、ギルドは実利主義だからな」
呆れた話だ。
「あ、そうそう。角うさぎの肉、美味しかったよ。ありがとうな。正直、助かった」
俺は、無罪放免となったので、もう堅苦しい話は抜きにして、日々の雑談だとか情報交換だとかそういう話題を振っていった。
「い、いいってことよ」
「うひひ、俺たちも駆け出しの頃は、先輩たちによく奢ってもらったもんだ」
「ところで相談があるんだけどいいかな?」
俺は思っていたことを切り出した。俺には、自分一人で解決できないことを、周りに相談するという癖がある。
「住んでる部屋の隣に、生活に困窮してる家族がいるんだ。どうやったら、仕事を与えてお金を渡すことができるだろう?」
「か、金を渡すとはどういうことだ?」
「うひひ、もっと分かりやすく説明しやがれ」
「あー、分かりやすく言うと、隣の家族が困っている。それを解決するためにお金を援助したい。しかし、理由もなくお金を渡そうとすると相手は受け取らないだろう。相手に受け取ってもらうための口実が思いつかない。そのアイデアが欲しい。OK?」
アンブレラの2人は困惑した。
「お、お前だって援助ができるほど金持ちなわけがないだろう」
「うひひ、食い詰めて探索者にまで落ちてくるくらいだからな」
そんな二人の、事実を言い当てる言葉に、俺はふんぞり返って胸をはって言った。
「俺には借金がない。だから探索者の中でもブルジョアだ」
「あ、ああ、確かにそうだ」
「うひひ、お隣さんは借金で首が回っていないみたいだな」
「だ、 だが、それを助けてやる義理はどこにあるのだ?」
「うひひ、そこがわかんねえな」
俺は、深刻な顔でうつむいて、呟くように言った。
「子供が腹を空かせて泣いてたんだ」
それを聞くと、アンブレラの二人は辛そうな顔をして黙ってしまった。
男が金を稼ぎ、女や子供に
「お、 俺たちのできるアドバイスは、荷運びになったり探索者になったりすることだ。なんなら、初心者講習を無料でやってやってもいい」
「うひひ、それ以外は思いつかないな。想像すらできない」
「ああ、ありがとう。参考になったよ。ちょっと考えさせてくれ。あいつらとも相談したいしな。だが……」
俺は、あいつらの家の事情を話した。家の名誉のために、底辺の職である荷運びや探索者をすることができないという、ややこしい事情があることを説明したのだ。
「わ、悪いな。力になってやれない」
「うひひ、俺たちも、何とかできないか情報を集めてみるよ」
「ありがとう感謝する。カサイとサカイは、本当にいい先輩だ。ありがとう。感謝してる」
そこでこの話は打ち切りにして、また楽しい雑談やおもしろおかしい話に話題を切り替えた。
ふと、その時、音楽が聞こえた。
どこかで聞いたことのあるような懐かしい気持ちになるフレーズだが、全く聞いたことのない知らない曲だ。
あれ? この食堂は音楽は流してなかったはずなんだがな。
昼間に、この食堂に訪れた時も、朝、この食堂に来た時も音楽は鳴っていなかった。それなのに、今、音楽が鳴っているのは夕食時だけ流しているのだろうか?
音楽の元を追っていって、俺は度肝を抜かされた。
そこには、人の姿をした芸術作品があった。
その美術品は若い女の姿をしていた。しかも、生きている。
ファンタジックな服装をして、手にはリュートと呼ばれる中世時代の楽器が握られている。
心地よい夢を見るように閉じられた目は、長いまつげをしていた。
女性の体をしているが男好きする肉感はまるでなく、触れると溶けてしまいそうな淡雪のような真っ白で儚い、か細い女性の体をしていた。
それは男の情欲を駆り立てる肉の体ではなく、まるで儚い雪の美しさ────自然美。そして、磨き上げられた極上の芸術の美を感じさせる、完全なバランスの完璧な美だった。
昔、アルビノの少女を見て、その人間離れをした美しさに、少女のことを人ではなく妖精ではないだろうかと思った時のことを、ノスタルジックな感傷とともに思い出した。
その女性の体にはある1点、普通の人間とは違った特徴があった。それはピンと尖った長い耳。
エルフだ!
そう、彼女はファンタジーでは定番の、エルフと呼ばれる種族そのままの外見をしていた。
そのエルフ女性が夢見るように目をつむり、リュートを掻き鳴らしながら歌っている。
歌っているだが、声はまるで聞こえない。
聞こえてくるのは、リラックスして落ち着いて、何か心がどんどん癒されていくような、生命の力がどんどん回復していくような、そんなメロディーの、リュートを奏でる曲が聞こえるばかりだった。
俺が、そんなエルフを驚愕の表情で見つめていると、アンブレラの2人から声がかかった。
「あ、ああ、夢エルフか」
「うひひ、久しぶりに見たのである」
「夢エルフ?」
「あ、ああ。ちょっと視線を彼女から逸らしてみな」
俺は言われた通り、彼女から自分の視線を外した。すると、
「あれ? 俺、今何してたっけ? おい、二人とも、どこ見てんだ? 向こうに何かあるのか?」
そう言って、アンブレラの2人の視線を追ってそれを見ると、すぐに夢エルフの存在を思い出した。
なんだこれ?
俺は驚いて混乱した。全くわけがわからない。
なぜ見てる間だけしか彼女のことを認識できないのか? 彼女を見なくなった途端、なぜ彼女のことを忘れてしまうのか? まるでキツネかタヌキに化かされているかのよう、まるで魔法にかかっているかのようだった。
「ほ、ほら、夢って見ている間は見てるってわかるけど、目が覚めると見た夢の内容をすっかり忘れてしまうことがあるだろう? あれと同じ現象が起こるんだ。それで夢エルフって呼ばれているのさ」
「うひひ、全く不思議な現象なんだけど、調査しようにも彼女を見ない状態で彼女を覚えてるやつがいないので、調査が全然進んでいないのさ。俺たちも、彼女を見た瞬間にそのことを思い出すんだよな」
これもダンジョンの不思議の一つか。全く訳が分からない。まあ、わけのわかる不思議なんかないか。
全くわけがわからない。だけど、たった1つだけわかるのは……、
彼女の演奏が終わると、食堂に万雷の拍手が起こった。
そう、彼女の奏でる曲は素晴らしい。とても感動的だった。心が震えるような、震えた心が体まで震わせるような、そんな美しい曲だった。
俺も立ち上がって彼女に拍手を送る。すると、ふと彼女と目があった。チャーミングな白金色の目だ。
彼女は両手を上げてハイタッチのポーズを取った。
おっ、これは誘ってやがるな。
イエーイ
俺は声を上げて、彼女とハイタッチしようとした。すると、
俺の手は、彼女の体をすり抜けた。
おっとっと
バランスを崩した俺は、その場ででんぐり返しをしてしまった。
夢エルフは、触れることも出来ないのか?!
彼女の姿が見えなくなって、彼女の記憶をなくした俺は、いきなりでんぐり返ししたこの状況がわからなくて、原因を探して振り返ると、そこでは彼女が面白おかしそうにキラキラと輝く目をして笑っていた。
もちろん、 声が聞こえるわけではないのだが、表情豊かな彼女は本当に可笑しそうに楽しそうに笑っていた。
ひとしきり笑った彼女は椅子に座りなおし、優美な仕草でリュートを構えると、今度は軽快なリズムでポップな印象の、とても楽しげな曲を奏で始めた。口は歌うように動いてることから、聞こえないがどうやら上機嫌で歌も歌っているようだ。
俺もアンブレラの2人も、食堂にいるみんなが聞き惚れている。
体を揺すって楽しさを表現する。そんな人たちがいっぱいいた。
指でリズムを取る者、手拍子をする者、踊り出してしまう者までいた。
仕舞いには夢エルフの彼女まで演奏しながら踊りだした。
彼女の淡雪色の、流れる清流のように光沢のある長い髪が揺れる。
本当に、彼女の美しさは自然美だ。神の美しさだ。
楽しい時間が終わって曲が終わると、やはり大きな拍手が起こった。
ふと、彼女と目があった。彼女はイタズラっぽく目を細めてハイタッチのポーズをとった。
イエーイ
俺は、彼女とハイタッチをしようとして再びでんぐり返しをしてしまった。
振り返って彼女を見ると、彼女はおかしそうに笑っていた。本当に楽しそうだ。何だろう、あの、面白いオモチャに夢中になる子供のような笑顔は。
その後も彼女は演奏を続けるのだが、曲が終わる度に俺にハイタッチを求め、俺は懲りずに彼女にハイタッチをしようとしてでんぐり返しを繰り返した。
どうも彼女は、そんな俺の姿がとても面白く楽しく愉快なようだった。
完全に、彼女にオモチャにされてしまった俺だが、まあ、幸せそうな彼女の笑顔が見れたのは、俺にとっては何よりも嬉しいご褒美だった。
食堂にいるみんなも大声で笑い、とても楽しげな雰囲気だった。
こうして楽しい演奏会の夕べは更けていったのだった。
──────────
【あとがき】
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