第13話 不動と弥勒

次の日。


爽快な目覚めだ。元気スキルは絶好調のようだ。


大きくギンギンに起立し股間でテントを張る俺のムスコを見て苦笑する。どうやら変態スキルの方も絶好調のようだ。少しは自重しろと言いたい。


「姉さん、おはよう」


「はい、おはよう」


壁越しにお隣の声が聞こえる。どうやらバイクもバイクのお姉さんも起きたようだな。母親はまだ寝ている気配だ。


俺もベッドから起き出して、いつものルーティンをこなす。


水をコップ1杯飲んで、神棚の掃除をして水を替える。


柏手を打って祈る。


「難陀様、無事に今日を迎えることができました。ありがとうございます。嬉しいです。感謝しております」


お祈りを終えると、朝のストレッチをこなし、朝食の準備を始める。


その時、ふと違和感を感じた。


お隣の部屋の生活音がしない。具体的には、朝食の準備をする音が聞こえてこない。


「ひょっとして、朝飯も食べられないのか? それぐらい困窮しているのか?」


壁の壁に耳を当ててしばらく音を探ってみた。間違いない。


なんとかしなきゃ!


俺は焦燥に似た謎の義務感を覚えて、慌ててゆで卵を作った。1パックまるまる全部、10個だ。


この焦燥感は、子供を授かった経験のない者には理解されないと思う。行動原理の根底から突き動かされる抗えない衝動だ。


茹で上がると冷水にとって冷やし、それをタッパーに入れて隣の部屋に向かった。


「おーい、バイク。出てきてくれ~」


バタバタと音がして、昨日の不良少年が玄関のドアを開ける。


「誰がバイクだよ! 変な名前で呼ぶな!」


バイクが自分のことだと、よくわかったな。


「なんだ、バイクって呼ばれるのは嫌か? じゃあ、不動でどうだ? 不動明王の不動だ」


「う••••••それはカッコよくていいかも••••••」


「じゃあ、お前の名前は不動な。けってー」


「それよりなんだよ、こんな朝早くに」


「ああ、これなんだが••••••」


と言ってタッパーの蓋を開けてゆで卵を見せる。


「賞味期限が切れそうなんだわ、食べてもらえると嬉しいんだ」


賞味期限が切れそうだなんて、もちろん嘘だ。


嘘だが、子供に気負いをさせるよりずっといい。大人はみんな嘘つきなんだぜ?


驚いた顔の不動。その隣には様子を見にきた姉らしき美少女がタッパーを覗き込む。


お姉さんも不動に似た完璧に整った外見の、なにか人を超えた感じの儚げで守ってあげたくなるタイプの美少女だ。すごく痩せているが。セーラー服を着た背中に流れる艶やかな黒髪を、虹色のリボンでまとめている。


「い••••••いいんですか?」


恐る恐るという風で、お姉さんが俺に聞く。


「いいんだいいんだ。置いといても腐らせて捨てるだけだし、ゆで卵も捨てられるより食べてもらったほうが幸せだろ?」


なおも遠慮するお姉さんにタッパーを押し付けた。


「タッパーは夕方に不動が来る時に持ってきてくれ。じゃあな」


そう言って、引き止められる前に自分の部屋に帰った。


帰って玄関のドアを閉めて気がついた。


「あっ、お姉さんの名前、聞いてないや」


まあ、いいか。


不動のお姉さんだから弥勒だ。弥勒菩薩みろくぼさつの弥勒な。


──────────

【あとがき】

読んで頂けて嬉しいです。感謝しています。


★と♡を頂けると、励みになります。

どうか、少しでも、面白かったとか、続きが気になると思われたら、★と♡にチェックを入れて頂けると、嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る