第12話 となりの不良少年
帰り道はほぼ下り坂だったので、楽々で帰ってこれた。
元気スキルの影響か、ダンジョンの近くではまさしく元気そのものだったのにダンジョンから離れていくと、どんどん元気がなくなっていった。さすがに疲れがたまっていたのだろう、筋肉痛もひどい。
「おやっ?」
思わず声を上げた。
自宅の安アパートに近づけば近づくほど元気が出てきたのだ。
おかしい
ダンジョンから離れるとスキルが使えなくなるはずなのに。
立ち止まってスマホで検索してみると、ダンジョンから持ち出されたダンジョン資源、その中にダンジョンと同じ影響を及ぼすものがいくつかあるらしい。例えば強力な魔力を放つマジックアイテムとか……それがこのアパートの近くにあるのかもしれない。真相はわからないが。
元気が戻るとともに変態スキルの旺盛な性欲も戻ってきた。
これはマズイ。
俺は性犯罪者にならないように、用心して女性には近づかないでおこうと心に決め、駐輪場に自転車を置いた。
アパートの自分の部屋に向かおうとして振り返ると、俺の部屋の左隣、そのドアの前に少年が一人座り込んでいる。うつむいて。
中学生ぐらいの、詰め襟の学生服を着たスマートな体型の少年だ。
単に痩せているだけなのだが、何かとてもかっこよく見えるのでスマートな印象を受ける。
うつむいているので顔は見れないが、どこか退廃的な雰囲気をまとった少年だ。
ヤンキーというよりは昭和の不良少年といった印象だ。熱血教師が主人公の一昔前のドラマで登場した不良少年って感じかな。夜中に学校の窓とかバットで殴って割ってそう。
絡まれると面倒なので、少し距離をとって自分の部屋のドアの前に行こうとした。
ぐう
少年の近くを通り過ぎようとした時、少年のお腹が空腹で鳴った。大きな音だ。
見ると少年は、肩を両手で抱いて小さく縮こまった。どこか悲壮な雰囲気を感じた。
その少年の姿に、昼間出会った孔雀の姿が重なった。
スライムに襲われた後の、あの、子供がしてはいけない、見るとこっちまで泣きたくなるほど悲しくなる、悲壮な顔をしてうつむいた孔雀の顔だ。
俺は少年の前に立ち、膝をついて間近で少年を見た。
俺の気配を感じて少年は顔を上げた。
餓狼────。
恐ろしいほど完璧に整った顔立ちに輝く琥珀色の瞳は、見境なく獲物に噛みつくような餓えた獣の目をしていた。
「なに見てんだよ、おっさん」
今にも殴りかかってきそうな、暴力的な空気を持った声だ。
声変わりが終わっているんだな。
俺は、のんきな感想を持った。
俺は、おもむろにリュックからカロリーバーを取り出して食べ始めた。
ごくりと不良少年の喉が鳴る。
物欲しそうな不良少年の目を見つめて、俺はもう1本のカロリーバーを取り出した。
「食うか?」
わざわざ少年の前でカロリーバーを食べてみせたのは、恵んでやるという体裁ではなく一緒に食べようという体裁を取るためだ。
まあ、大人の気遣いってやつだな。
可哀想だからっていう同情心でご飯を食べさせてもらうよりも、一緒に仲良くご飯を食べようという方が少年にとっては嬉しいんじゃないかな。これならお互いの関係は対等だろ?
俺は、そう思ったのだ。
俺は、少年にカロリーバーを恵んでやるのではない。一緒に楽しく食事をするだけだ。
子供に心の負担をかけてはいけない。
可哀想だと思われることが一番可哀想だ。
○
不良少年は返事もせずに奪い取るように俺の手からカロリーバーを取り上げて、一心不乱に食い始めた。
俺は不良少年の隣に座り直し、月夜を見ながら一緒にカロリーバーを食べた。お互いに言葉はなかった。
おお、今日は晴れてるせいか月が綺麗に見えるな。ラッキー。
不良少年が食べ終わると、ゴミの包み紙を受け取って「じゃあな」と言って立ち去ろうとした。
そんな俺を、不良少年は乱暴に呼び止めた。
「待てよ、おっさん。全然足りねえ。あと2本よこせ」
暴力的な空気が辺りに満ちる。
ガンをつける不良少年の視線を真っ直ぐに受け止めて、俺は怯まずに普通に言った。
「俺の部屋の掃除の仕事をくれてやる。その仕事が終わったらカロリーバーを2本くれてやろう。どうだ、受けるか?」
不良少年の返事は即答だった。
「何でもやる」
俺は露悪的な笑みを浮かべて不良少年を部屋に招き入れた。
早速、ホウキとチリトリを渡して部屋の掃除をさせる。
節約のために掃除機は購入していない。そもそもこんな狭い部屋、掃除機なんか邪魔になるだけだ。ホウキで履くだけで十分だ。
あっという間に部屋の掃除は終わった。10分ほどしか時間が経っていない。
「掃除してくれてありがとうな、助かったよ。じゃあ、これが報酬のカロリーバー2本だ」
リュックからカロリーバーを2本取り出すと、まるで奪い取るように不良少年がそれを受け取った。
部屋を出て行こうとする少年の背中に、俺は声を投げた。
「明日も掃除しに来い。カロリーバーをくれてやる。3本だ。どうだやるか?」
やはり不良少年の返事は即答だった。
「何でもやる」
「よし、雇用契約は成立した。明日もこの時間に来い」
不良少年は振り返りもせずに部屋を出て行った。
ただ一言、小さく「ありがとう」という声を残して。
申し訳なさそうな響きを持った、心からの感謝の声だった。
○
しばらくして、隣の部屋から壁を通して会話が聞こえてきた。
「お母さん姉さん、晩御飯を手に入れてきたよ 食べてくれ」
「どうしたの、それ?」
「まさか、あなた……」
「盗んできたんじゃない。ちゃんと仕事をしてきたんだ」
「ほ……本当なの?」
「ああ、本当だ。疑うなら隣のおじさんに話を聞いてきてくれ」
「ああ、本当なんだね。良かった……」
「ああ、だから遠慮なく食べてくれ。母さんにはお湯でふやけさせたほうがいいかな」
「それは私がやるわ。お母さんは座ってて、まだ立つのも辛いでしょ?」
「ありがとうね。じゃあ座って待たせてもらおうかしら」
そこからは仲のいい家族の団らんの会話が続いた。
俺はそれを聞いて目頭を押さえた。
「不良少年、むっちゃいいやつじゃん」
俺、こういうのに弱いんだよな。
明日からは、あいつの分のカロリーバーの代金も稼いでこよう。なんてったって俺は雇用主だからな。
俺は決意を新たにした。
「あっ、そういえば俺、あいつの名前聞いてねえや」
それどころか、お互いに自己紹介すらしていない。
まあ、いいか。
盗んだバイクで走り出しそうなやつだから、あいつの名前はバイクだ。
○
夕食はカロリーバーで済ませたので、ユニットバスで汗を流して一息ついた。
ビールでもと思ったが、いろいろあって買ってくるのを忘れた。
仕方なしにスマホの家計簿アプリを起動して、今日の探索の収支を計算する。
カロリーバーの代金などの細かい計算を抜きにして、収入が探索者の先輩からもらったカンパも含めて29,350円。支出が7,300円。かかった経費が防具代の8,000円。差し引いて14,050円。
約1万4000円の儲けだ。
経費を計算に入れなければ2万2000円の儲け。
1日に2万円稼げるとして、1ヶ月20日働いて40万の儲けか。年収は480万円。
一番最低の買取額であるスライムの報酬でさえ 月40万稼げるのだ。買取額の多くなる強いモンスターと戦えば一体どれだけの儲けになるだろう。
やはり探索者は稼げる職業だ。
危険などのリスクを度外視すれば、とても良い職業だということになる。
生活費が月16万円かかるとして、年間の生活費が192万円、約200万か。じゃあ貯蓄は年間280万。大体7年間働けば老後資金2,000万が稼げるということか。
やっていける目処は立ったかな?
7年間スライムだけを相手にしていても老後資金が貯まる。
懸念点は怪我や死に戻りによる早期リタイアと、それから変態スキルの暴走か。
変態スキルの暴走によって扶養家族が増えることだ。
怪我や死に戻りは、安全マージンを十分にとって探索することを対策とする。
変態スキルの対策は────、
……どうしよう。
どんだけ用心しててもやらかすような気がするんだが……。
まあ誘惑されなきゃ大丈夫だから大丈夫だと信じたい。信じたいんだけど不安が拭いきれない。
脳裏に、昼間ギルドで見た、顔を赤らめたミミの恥じらいの表情が浮かんだ。
危険な予感がする。なぜか分からないが、身の危険を感じるのだ。『狩られる』という本能から来る怯えが心の奥底にあるのだ。
俺は、小さく身震いした。
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••••••
•••
ま、いっか。
なんとかなる、なんとかなる。
さあ、今日はもう寝よう。
明日も頑張るぞーっ!
──────────
【あとがき】
読んで頂けて嬉しいです。感謝しています。
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