第10話 石投げ

返事は明日にするということで今日は帰ることにした。


「では明日よいお返事をお待ちしております〜」


ギルド出口までついてきてミミが頭を下げる。


まるで高級ホテルの受付嬢のような堂に入った礼だ。教育が行き届いているとうかがわせる。


さて帰るか。


自転車を置いてある駐輪場を目指そうとして、ふとアイツのことが気になった。


荷物運びの子供で、斜に構えた感じの世を拗ねた少年だ。


俺は取って返してダンジョン入り口に来てみた。


相変わらず少年は誰にも誘ってもらえないのか座ってうつむいていた。


まあ自業自得か。


帰ろうと駐輪場に体を向けたとき、




ぐう




と腹の音が聞こえた。少年のものだ。


腹減ってんのか……。


見ると少年は誰よりも痩せていた。


その時、俺は見た。


うつむいた少年の顔の下の地面に水滴が落ちたのを。




泣いてる。




俺はそれを見てどうしようもなくなった。


気がつけば少年に声をかけていた。


「おい少年。俺に石投げを教えろ」


「え?」


少年が顔を上げた。


生意気そうなそばかすのある顔だ。ペーターとか呼びたくなる。


「俺は石投げをするとどうなるか実際に体験してみたい。荷物運びとして雇ってやるから俺に石投げを教えろ」


呆れたような驚いたような少年の顔が、喜びであふれた。


「しゃあねぇな。無知なおっさんにオレが教えてやるよ」


周りの探索者たちは良い顔をしなかったが口出しする気はないようだ。


その時、


ぐう


また少年の腹が鳴った。


羞恥に顔を染める少年に俺は言った。


「まず食ってからだ。おごってやるからついてこい」


「「「「「ありがとう、おじさん!」」」」」


なぜか誘った少年だけでなく、ほかに5人も子供たちがついてきた。


しゃあないから全員におごってやった。


ダンジョン肉の串焼き1本600円と具だくさん豚汁1杯400円。子供たち6人に俺の分を含めて合計7000円だ。痛ったぁ。


「お前バカだなぁ。うかつにおごるなんて言うからそうなるんだぜ?」


先輩探索者たちがさんざん俺を馬鹿にして、その後でそれぞれ500円ずつカンパしてくれた。合計4000円もらった。カンパしてくれなかった先輩諸氏は代わりに子供たちにパンをおごってくれた。


ありがとーっ、嬉しいっす!


みんなやさしい。







暫定的に少年の名前をペーターと呼ぶことにする。


ペーターの食事が終わった頃合いを見て、声をかけた。


「じゃあダンジョンに行くぞ、ペーター」


ペーターがビックリした後に、顔を嫌そうにしかめた。


「ペーターって俺のことか? 変な名前で呼ぶな」


「なんだ、ペーターは嫌なのか? じゃあ孔雀はどうだ? 孔雀明王の孔雀だ」


「おっ、それいいな。カッコいい!」


「じゃあ、お前の名前は孔雀な。けってー」


そんな俺たちのやりとりを見ていた諸先輩方が、「「「それでいいのか?!」」」と突っ込んでいたが華麗にスルーする。


孔雀を連れてダンジョンに行こうとすると、2人の先輩探索者がついてきた。


「し、心配だから勝手についていくぞ」


「うひひ、しゃあない」


1人は痩せた長身の男、もう1人は丸々と太った男だ。痩せデブコンビだな。


「助かるけど、いいのか? えっと……」


「い、いいんだよ、1階でスライムだろ? たいした労働じゃないさ。俺はカサイ。クラスは『シーフ』だ、よろしく」


「うひひ、もーまんたい。俺はサカイ。クラスは『重装兵』。よろ」


「なんだ、痩せデブコンビかと思ったらカサカサコンビだったか。俺はヒロ。クラスは『チビデブハゲの元気な変態』だ。よろしく頼む先輩」


友好的に握手を求めるが、カサカサコンビは驚きに固まっていた。


「お、おいおい! まったく突っ込みどころが多いぜ。変な名前をつけるな、俺たちのパーティー名は『アンブレラ』だ」


「うひひ、それにクラスが『チビデブハゲの元気な変態』ってなんだ?」


「そうだったか、悪いな。これからはアンブレラと呼ぶよ。それと俺のクラスはオンリーワンクラスだ。世界初のクラスってことだ。どうだ、すごいだろう!」


「ふ、ふざけたクラスだぜ」


「うひひ、ネタか? えっ、マジ!?」


アンブレラだけでなく、周囲で聞いてたみんなが呆れていた。掴みはオッケー!



俺、孔雀、アンブレラはダンジョンに入っていった。


先頭に俺が立ち、その後に孔雀。孔雀を守るように左右にアンブレラが立つ。


入り口からメイン通路を脇道に入りほどなく歩いて、都合よくスライムが1匹居るのを発見した。


「孔雀、石投げだ」


「おう」


アンブレラの2人に緊張が走り、武器と防具を構える。


投げられた石は3発目にスライムに命中した。


スライムが駆け寄ってくる。


先頭の俺を無視して、孔雀に真っ直ぐ向かってくる。


走るスライムに横から果物ナイフを突き出すが、当たらない。


そもそも俺の戦闘スタイルは待ち構えだ。


まったく馴れてない俺の素人丸出しの攻撃を容易にすり抜けてスライムが孔雀に迫る。


孔雀の顔が恐怖にひきつる。


そんな孔雀に向かってスライムが飛びかかった。


「うひっ、カバースイッチ」


サカイがスキルを使うと、一瞬の内にスライムと孔雀の間に大盾を構えたサカイが割り込んだ。


ズバムッ


重い音がしてスライムが大盾の表面で弾む。


「ぴ、ピアッシング」


宙に浮いたスライムにカサイが必殺の刺突を繰り出した。


鋭利な短剣に串刺しにされて、スライムは魔石とゼリーを残し、光の粒子となって消えた。


俺は肝を冷やした。


アンブレラが一緒でなければ、孔雀が負傷していただろう。最悪は死んでいた。クラスを授かっていないとは、そういうことなのだ。最弱モンスターであるスライムの攻撃でもヤバい。




恐い




子供を命の危険にさらしてしまったという事実が、とてつもなく怖かった。


青ざめた俺の顔を見て、アンブレラの2人が無言で俺の肩に手を置いてうなずいた。


これで、わかっただろう?


無言だったけど、その言葉を雄弁に語っていた。


孔雀は青ざめて尻餅をついていた。


なぜ、こいつは、こんなに怖がってるのに、石投げの常習犯なんだ? 涙が出るほど恐いなら、石投げなんかやめればいい。


それを実際に孔雀に聞いたが、孔雀は悔しそうに……罪悪感と恐怖と決意が複雑に混じり合ったような顔をして、唇を噛みしめてうつむくばかりだった。


子供がしていい顔じゃないだろう……。


コイツは石投げがどれだけ悪いことかを誰よりも知っている。その上で石投げをしなくてはならない事情があるんだ。


「くっ!」


俺は孔雀にかける言葉を見失って、ダンジョンの薄く光る天井を見上げ、両目を手で覆った。


流れた涙を孔雀に見せたくなかったのだ。


くそっ。引っ込めよ、俺の涙!



すぐにダンジョンを出て、出たところでアンブレラの2人に礼を言って別れ、孔雀から魔石とスライムゼリーを受け取り300円を渡して別れた。


駐輪場で自転車にまたがり、自宅に向かって走らせる。


沈む夕陽が目にしみた。


──────────

【あとがき】

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