第9話 ミミの同行に対する考察
「大切な話があるということでしたが、どういったお話なのでしょう?」
こちらから話を切り出した。
「ええそうでした。実は山田さんのスキルとクラスについて本部に報告をしたのですが、本部からある使令が私に下ったのです~」
「ある使令とは?」
「行動を共にして観察し、その観察結果を報告せよという使令です~」
要観察対象と判断され、観察者が随伴するということか。
変態を野放しにできないというのが本当の理由では?
「観察者はお姉さんだけですか?」
「はい。私だけです~」
ギルドは人員不足で~と続けた。
「それは……マズイんじゃないですか? あー……えっと、お姉さんお名前は?」
「あっ申し遅れました~。私『御崎碧(みさきみどり)』と申します~」
「みさきみどり……ミミさんですね」
「あら~、可愛い名前ですね~。じゃあ今ここから私はミミです~。どうかフレンドリーにミミと呼んでください~」
「距離のつめかた早いなっ!」
「長い付き合いになりそうですし、堅苦しいのは好きじゃないんですよ~」
「そっか、じゃあこっちも友達感覚でいくよ。俺のこともヒロって呼んでくれ。でもいいのか? 知っての通り俺は変態だぞ?」
襲われるぞ?
「私はクラス【結界師】なので自衛ができると判断されました~」
バリアだとかアンチフィールドだとか障壁だとかを張れるアレか! 特級クラスじゃないか!
結界とは俺の認識では『壊れない壁』を発生させる能力だ。その壁で自分の周囲を覆うことができれば、なるほど俺のルパンダイブも防げるな。
「じゃあ、問題なしか……だが、速決したくはないな。一度この話を持ち帰ってよく考えてから決めたいのだがいいだろうか?」
「もちろんです~。急な話で驚かれたでしょ~」
「ちなみにこの話を断ることってできるか?」
「その場合本部で再審議されまして~、結果が出るまでヒロさんは探索者活動ができなくなります~。長ければ3ヶ月とか待たされますよ~?」
それは困る。
「観察者は俺としてはミミがいいのだが替わる可能性はあるのか?」
俺にとってミミは理想の女性だからできればミミがいい。おっとりした雰囲気も和むので非常に好ましい。
「私の都合がつかないときは代わりの者がくると思いますが基本的に私になると思います~」
「その理由を伺っても?」
「仮にヒロさんがダンジョンの深層に行けるレベルになったとして、その過酷な探索に同行できる者が私だけになるからですね~。ほかは~……ゴニョゴニョ」
なんか赤い顔してゴニョゴニョ言ってる。
なんか言えない理由か事情があるのだろうな。突っ込まないでおこう。なんか下手なことを言うとセクハラになりそうな雰囲気だ。
「俺の探索に同行するとしてミミはどういう立ち位置になるんだ?」
「単なるパーティーメンバーと同時に専属受付嬢といった立場になりますね~。報酬の分配は通常のパーティーメンバーとして扱われます~。私の受付嬢の業務がヒロさんだけになってダンジョンでの活動内容の報告書を作成してギルド本部に送る業務が発生します~」
「あー……、大変だな」
「ですね~。でもお給料もいいし実質出世ですよ~。専属受付嬢は地位が高いのです~。支部から本部付けになりますから栄転ですよ~。だからお願い断らないで~」
契約社員から正社員になるようなものかな?
うぅ~ん、困った。美女のお願いは断れない。
でも、もう少し情報を集めよう。
「観察に期限などは決められてる?」
「それは観察結果次第ですね~。それを判断するための材料を集めている段階です~」
「俺を観察しなくてはならない具体的な理由を聞いてもいいだろうか?」
「オンリーワンのクラスとスキルだからと聞いています~。表向きは新種のスキルとクラスのデータを把握したいということです~」
ん? 表向き?
「表向きということは裏があるのか?」
「ギルド本部のお偉いさん方は変化に敏感だということでしょ~。何か変わったことが起きて、それを警戒する方、あるいは好奇心を持つ方、変化を嫌って排除したい方、利用価値を探る方 、害悪を懸念する方……様々なお偉いさんがいらっしゃいます~」
ギルドは1枚岩ではないということか。
「それにしても警戒しすぎじゃないか? 大げさだと思うんだがそこはどうだろう?」
「そうですね~。例えば石油で国を維持している国が石油を産出する油田に何か異常を発見するとどういう対処をするでしょ~?」
「調査に乗り出す」
「日本にとってダンジョンは油田みたいなものなんですよ~。その上資源と食料さえ生み出してくれるまさに宝の山。これを大事にしないなんてありえません~」
問題は宝の山に入って宝を持ち帰ってきてくれる人が少ないことですね~。
ミミが笑った。どうしょうもない風に。
そんなミミに合わせて笑いながら俺は思った。
今回の件はつまりギルドの立場としては小さな異常も見過ごせない。そういうことか。
どうも逃げられそうにないな。
それにミミの話には若干の嘘がある。
ミミは初めから本部所属のエージェントだろ?
彼女のようなエージェントが、ある程度大きな支部には配置されているのではないかな?
なにか異常があったら調査するように指令を受けて待機していたに違いない。
なぜなら彼女は事情を知りすぎている。どう考えても末端の受付嬢ではない。
この場になぜ甘南備山頂ダンジョン支部の責任者である支部長(通称ギルドマスター)の姿がない? それは彼女がギルドマスター以上の権限を持つからではないだろうか?
異常発生から初動の速さが尋常ではない。まるで待ち構えていたかのように思わないか?
組織は大きくなればなるほど動きが鈍るものだ。ギルドは小回りの効く弱小組織ではない。
これらの事実からミミは本部からある程度の裁量を任された本部直属の執行部の幹部であるという見方ができるのではないだろうか?
なにより決定的なのが特級クラスの探索者がただの受付嬢だなんて信じることができないということだ。
受付嬢なんて田舎の小さなダンジョンだったらパートのおばちゃんがやってるような仕事だぞ?
まあ、ただの俺の妄想に過ぎないという可能性もある。黙っとこ。
可能性なんか持ち出したら、俺の専属受付嬢になりたくて全てをすっとばして直談判してるっていう見方もまったくないというわけでもない。かなり自意識過剰だが。
可能性の追求はほどほどに。もちろん妄想もほどほどにしなくてはならない。
事実だけをしっかり把握しておけばいい。
ミミは俺の理想の女性だ。そばに居たい。
ミミから、うれしい、たのしい、しあわせという感情が、まるで清水の溢れる泉のように湧き出ている。そばに居て、とても心地好いのだ。
まるで幼なじみのリボンみたいだ。アイツ、今どこでなにしてんだろ?
○
さて、この話のメリットとデメリットを考えよう。
デメリットは、やはりギルドの人間に常に監視されるということだろう。
さすがに私生活まで監視されるわけではないだろうが気持ちのいいものではない。会社に行って警察官と一緒に仕事をするようなものだ。
その警察官は俺が犯罪を犯さないように常に目を光らせている。落ち着かねえ。
まあ犯罪を防止できるっていうメリットはあるか。
デメリットで思いつく1番はこれだな。ではメリットは何だろう?
一番のメリットはやはり俺好みの理想の女性と一緒にいられるということだろうか。
ああ、やはり俺はスケベだな。もろハニートラップに引っかかってる気がする。しかも悪くない気分だ。罠にはめられても、えっちがしたい。俺は、変態だ。
俺をハニートラップにかける利点って何だろう?
ああ利点も欠点もわからないから調べるのか。
わからないと動けない。動いても動いていない。なにやってんのってなる。
メリットはもう一つあるな。
パーティーメンバーが手に入るということだ。しかも特級クラスの結界師だ。
一人での探索には限界があり、いずれ近いうちにパーティーメンバーを探そうと思っていたので渡りに船と言えるだろう。
ああデメリットをもう一つ思いついた。
俺が劣情を抑えきれずにミミを襲ってしまって、社会的に死ぬ可能性があるということだ。変態スキルの暴走ってやつだ。
こいつはやべぇ。
ダンジョンに泊まりで探索とか頻繁に起こることだ。
セフティーエリアでおっぱじめるカップルとかネットではよく聞く話だ。
しっかり状況をコントロールしないと大変なことになっちまうな。
ミミも俺みたいなチビデブハゲに襲われるのは絶対に嫌だろう。
俺の良いところはチビデブハゲで女性の恋愛対象や性欲の対象にはならないところだ。
恋愛対象外だからこそ女性とも友達関係になれる。
性欲の対象外だからこそ男女の恋愛のドロドロから無関係でいることができる。
俺には、そういう利点があるのだ。
チビだからこそ女性を威圧しない。つまり女性を怖がらせない。俺にはそういう和み要素がある。それが俺の長所だ。
イケメンをドーベルマンだとすれば俺はチワワだ。ハゲているが。誰がハゲだ。俺だ。
チワワって可愛いよね。ドーベルマンってかっこいいけど、ちょっと怖い。
だが、こと肉体関係を想定すれば俺にはたちまち魅力がなくなってしまう。
見た目って大切なのよ。
不特定多数と肉体関係を持ちたかったら見た目が80%だと思う。いや90%かもしれない。
見た目最悪の俺に抱かれるのは不幸だろう。
女にとっては俺に対して性欲が湧かずその気がまったくないのに一方的に肉体関係を強制されるのである。最悪だ。女の子を不幸にしたくない。
○
不特定多数と肉体関係を持つのはある意味男の夢だが。つまりハーレムだな。ハーレムは男の夢だ。もちろん俺も男だから当然ハーレム願望がある。むちゃくちゃある。不特定多数とえっちしたい、えっちしたい、えっちしたい。もひとつおまけに、えっちしたい。
だがその夢が現実で叶ってしまうとどうなるだろう。
そこに大量の扶養が発生してしまい経済的に困窮することになる。
経済的に、男というものは自分の嫁さんと自分の子供達しか養えないのである。
ハーレムは、養えなくなって飢える女と子供が大量発生してしまう。
ラノベではそんな現実を見なくてすむので、ラノベでハーレムが溢れることになるのは必然だろう。
現実には夢もロマンもないのだ。あるのは厳しい現実だけ。あるいは突きつけられる残酷な真実。そしてそれが悪ではない。ただの当たり前だ。
逆をいえばラノベで現実を見せてはいけない。真実を突きつけてはいけない。まるで都合のよい嘘のような夢とロマンで彩らなくてはいけないのだ。さもなくば読者が逃げる。ラノベにおいて、現実と真実は邪魔だ。そもそもライトノベルで求められているのは偽物の現実だ。本物の現実なんか求められていない。本物には需要がないのだ。
本物よりも真実よりも現実ですら夢やロマンはもちろん、忍耐のほうがはるかに実際的で身近だ。忍耐って美徳だけど、やりすぎると他人に冷たくなるんだよね。「それくらい我慢しろ」って。そんな我慢から一時的だとしても逃がしてくれるようなラノベが描きたい。他人に優しくなれるように。優しい気持ちになれるように。だからスパイスとして、ひとつまみの真実が現実が必要なんだよな。激辛料理のように、スパイスが効きすぎてないといいなぁ。
○ ここからは哲学です。
現実を生きるとは、昔の偉い人が言った、昔の常識に合った知識で、今という時代を生きていくことを強制されること。
昔と今とでは、状況が違うのにね。
善いとは過去から伝えられる道徳に合致することをいうのではない。『ためになる』ことをいうのだ。世界的には。だが、この国では前者だ。
俺たちが今を生きているのではない、昔に生きた偉い人が今の俺たちをルールで縛りつけ操って生きているのだ。この苦痛は計り知れない。
だって自分の人生を乗っ取られているのだもの。
そのような現実を強いられる今を生きるには、強烈な忍耐を求められる。
今を生きる俺たちは昔の偉い人の言葉に従うことを強制されて、それが現実だとされて、今ここにある事実に基づいた行動を取ることができない。
現実は事実ではない。
現実とは複雑にからまったしがらみだ。今ここ目の前にある厳然とした存在ではない。そこには、寝て見る夢と手で触れられる物質くらいの大きな違いがある。
つまり、現実的に生きるとは、今を自分で生きることができない。
まあ、ぶっちゃけ、誰もが1人で生きていくことはできないってことだ。
ただ、他人の言葉に素直に従うということ、事実に対して素直に従うということは、天と地ほどの差がある。松下幸之助も言っている。事実に基づいて活動を行うことこそが素直である、と。
自分の意志で生きることができない。
俺たちは、生きながら死んでいる。
今を生きている俺たち以上に大切な過去の知識の記録なんてないのにね。
過去の偉い人たちは、間違いなく、未来を生きていく子供たちを愛していたのだから。
愛のない偉い人の言葉なんか唾棄していいんだよ。
他人の言葉に素直であるということは、事実に素直であるということではない。
問題を解決する最善の方法は、事実に素直になる。つまり、事実に基づいた対応ができるということだ。
過去の偉い人たちは、現場、現実、現物を見てない上に、現時点に存在しないから、本当に発言が無責任なんだよな~。
いつだって、責任を取らされるのは、現時点に居た当事者である俺たちばかりだ。
まあ、俺はヤるけどな。
俺には、自分にできることができるから。
逆を言えば、自分にできないことはできないぞ。ヤるけどな。自分の
過去の偉人たちは俺たちを利用して生きているが、俺たちも過去の偉人たちを利用して生きている。まあ、つまりWin-Winの関係なんだよな、 結局。
俺たちは、過去の偉人たちと対等の関係でコミュニケーションをとっている。
コミュニケーションの大前提は、お互いが対等の関係であることだ。
多くの人たちは、対等でないと感じているから苦しいんだよな。重くて苦しい荷物を背負って生きている。
ラノベで、その重役が、少しでも楽になるといいな。
○
閑話休題。
○
ミミを襲ってしまうと誰もが不利益を被る。
満たされるのは俺の刹那の性欲だけ。
後には後悔と経済的困窮そしてお腹を空かせて泣く女と子供が残る。本当に変態スキルのデメリットはやっかいだ。
最悪の事態、変態スキルの暴走による扶養家族の増加とそれによる経済的困窮を想定してもっともっと金を稼がなくてはならない。
俺はどうやら探索者を辞めることはできないようだ。
俺には探索者にならないという選択肢はないということか。
稼がねば。
子供が生まれてから大学を卒業するまでにかかる養育費は1000万円から2000万円だと聞いている。
つまり子供が1人生まれるたびに最大2000万円必要ということだ。
ここにさらに子供を孕ませた女の生活費もかかってくるのである。
人が一生にかかる生活費は1億5000万円だと聞いたことがある。その全てを俺が出すということはないかもしれないがそれぐらいの覚悟が必要なのではないだろうか。
つまり女を一人孕ませるごとに1億7000万の金が必要だということだ。
なお、正社員のサラリーマンが生涯で稼ぐ金額は約2億円と言われている。
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うん、無理。
絶対に変態スキルを暴走させないようにしよう。
救いは、俺に裸で肉体関係を迫ってくる女性がいないということである。
チビデブハゲで良かった~。
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【あとがき】
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