第8話 アイテムボックスと荒稼ぎ

昼食を食べるために一度ギルドに戻った。


途中休憩をとりながら4時間ほど探索を続けたがスライムを15匹倒しただけだった。


ギルドの買い取りでスライムゼリーと魔石を売ると1950円。約2000円の収入になった。時給500円の仕事ということか、やっすいな。


探索者登録を担当してくれた受付嬢はいなかった。


スライムとの戦闘で動き回った体は意外と元気で••••••あーなるほど。これが元気スキルの影響か。


今までの俺だったらクタクタに疲れ果てて動けなくなっていたと思う。元気スキル様々だ。


お昼ご飯を食べようと併設された食堂イートスペースに行くと、そこでアイテムボックスの兄ちゃんが昼食をとっていた。


缶コーヒーを1本買ってそれを土産に兄ちゃんの隣に座る。


「よう、ここいいかい?」


「どうぞどうぞ」


兄ちゃんは愛想よく応じてくれる。


兄ちゃんに缶コーヒーを渡して話しかけた。


「アイテムボックスは便利だけど持っていれば持っているでそれなりの苦労もあるんじゃないか?」


「あー分かりますか? 何て言うかアイテムボックス能力者の争奪戦は激しくてですね、私も苦労しましたよ」


「結局私は甘南備山頂ダンジョン最大手のクラン『天邪鬼』に加わることで彼らの庇護で探索者活動が保証されてるようなものです。今日は天邪鬼の休暇日なんですよ。さっきのあれは休暇日のお小遣い稼ぎですね。あとアイテムボックス能力者を増やして争奪戦を少しでも軽減したいという願いもあります。なによりアイテムボックスがあると便利ですからね。増えて欲しいですねぇ」


「そうですねぇ」


適当に相槌を打って、俺も昼食のカロリーバーを出して食べ始めた。


「まあ探索者を長く続けるとアイテムボックスと同じ能力を持ったマジックアイテムの魔法のカバンや魔法のコンテナなんかも手に入りますからね。長く続けてる探索者なら誰もが1つは持ってますよ。そういう理由で争奪戦は激しいと言ってもそれほど無理やりという感じの勧誘はないですね。そこら辺が救いでしょうか。勧誘を全て断ってどこのクランにも所属せずに活動してらっしゃるアイテムボックス持ちもそれなりにいらっしゃいますよ。ただやはり勧誘が鬱陶しいといつも愚痴を言ってますねぇ。特に低レベル層からの勧誘がしつこいんです。低レベル層は報酬を出し渋るから、アイテムボックススキル持ちから嫌われています」


適当に世間話をしながら俺は考えた。


アイテムボックスを利用して大手クランのポーターとして活動する。アイテムボックスを活用した荷物運び専門の探索者になるという道も一つできたわけだ。これがメリットだな。


デメリットはある程度活動が制限されるということだろうか。まあ組織の規律に縛られるというやつだ。分かりやすく言えば不自由だ。


この場合、一定の収入は約束されるだろうが大儲けはできなくなるんじゃないだろうか。老後資金は貯められるだろうか。


「これは聞いて教えてもらえるだろうか。あなた年収はいくらですか?」


「大体500万ですね。一人暮らしをしているので 1年でだいたい200万ぐらい貯金できてますよ。アイテムボックス持ちと言ってもやってることはただの荷物持ちですから、一攫千金の夢は見れません。でも危険が比較的少なくて安定した収入が得られます。こちらからモンスターに攻撃しなければヘイトを買うこともないですしね。もちろん例外はありますが」


そこで兄ちゃんはにっこり笑って言った。


「老後の計画ですか?」


バレてるじゃないか。


俺もにっこり笑って返事した。


「ああ、そうだ」


1年で200万貯金できるなら10年で2000万。何とか老後資金は貯められそうだな。


ポーターというのも悪くない。何事もなく順調に行けばだが。


ギリギリの金額というところに引っかかりを覚えるな。


というのも何事も起こらないということはありえないというのが探索者という冒険稼業の宿命だからだ。


探索者というのは危険でキツくて疲れる仕事なのだ。多くの人は長続きしない。


ネット情報から見ても俺は長くても10年が限界だと考えている。本当にギリギリだな。


色々なメリットとデメリットが思いつくが、そもそも俺はどのように探索者活動をしようとか決めていない。


その上、ただいまお試し期間中で探索者になろうかどうかすら迷っている状態だ。


そんな状態でポーターに活動を限定するなど考えるのは早計ではあるまいか。もっといろいろ試したい。


方針が固まるまでアイテムボックスについては秘密にしておこうかな。


探索者証には初期ギフトとクラスを登録する義務はあるが、その後手に入ったスキルについては登録する必要がないのでアイテムボックスの有無は秘密にできるだろう。


確かギルドには守秘義務があったはずだ。報告しても情報が漏れることはないだろう。


ギルドには報告するが、しばらくダミーの荷物カバンを背負って擬装しアイテムボックスは秘密にしておこう。


バレても勧誘が鬱陶しいというだけの、リスクとも呼べないデメリットがあるだけだ。


重く考える必要はないだろう。







アイテムボックスの兄ちゃんは席を立ち、俺はそのまま椅子に座って考えていた。


考えていたのは老後のことでもアイテムボックスのことでもなくスライムの攻撃パターンについてだ。


胸と腹を撫でる。痛いのは主にこの胸と腹だ。


つまりスライムの攻撃は胸と腹に集中してくる ということではないだろうか。


スライムは的の大きな部分を目指して飛んでくる。的の小さい手や足などには飛んでこないのではないだろうか。


では初めから胸や腹に飛んでくると考えて、そこに果物ナイフを構えていればどうだろう。


スライムは勝手に果物ナイフに突き刺さってくれるのではないだろうか。


「よっし」


午後はこの仮説を検証しよう。







「ビンゴ!」


午後ダンジョンに入ると俺の仮説は立証された。


スライムはまっすぐ胸に向かって飛んでくる。多少ずれても腹に来るぐらいだ。


ならば、みぞおち辺りに果物ナイフを構えて固定しておけば勝手にスライムが突き刺さってくれる。


果物ナイフの位置をちょっと調整するだけで真芯を捉えるのだ。


スライムは一撃で光の粒子に還る。


これは面白い。


俺は調子に乗ってスライムを狩り続けた。


••••••••••••••••••


••••••••••••


••••••


•••


気がつくと3時間経っていた。


夢中になっていたので時間感覚がおかしい。体感的には1時間くらいのつもりだった。


何度もエクスタシーに達し、まるで事後のようなスッキリ感がある。俺は変態だ。


1時間で休憩を入れるつもりだったので、俺はダンジョンから出ることにした。一緒に査定もやってもらおう。俺はギルドに向かった。


戦利品を買い取りに出すと23,400円になった。 何匹倒したことになるんだろう。スライムを倒した数は100から先は数えてなかったのでちょっとわからない。魔石とスライムゼリーの単価から計算すれば分かると言うだろうか? スライムゼリーの引き取り価格は個数ではなく重量で計算される。グラムいくらという具合だ。スーパーで買う肉のようなものだな。魔石の計算はもっと複雑だ。含有する魔力の量と純度で計算される。読み取り機械にコンベアで流すだけで計算されるが、これを人の頭脳で計算するとなれば困難を極めるだろう。加えて魔石にしてもスライムゼリーにしても時価だ。今日と同じ量の魔石とスライムゼリーを買い取ってもらっても、明日も23,400円もらえるとは限らない。


閑話休題。


午後からの時給は7,800円。


驚くべき稼ぎではないだろうか。


危険キツい疲れるという体を張った仕事の内容から考えると妥当な金額なのかもしれないが、俺にとっては危険なだけで変態スキルと元気スキルのおかげでキツいとか疲れるとかいう要素は感じられていない。どっちかというと疲れない気持ちのいい(性的に)仕事だ。そう考えると丸儲け大儲けではないだろうか。


時給7,800円として1日8時間働いたとして日給62,400円。月に20日働いたとして1,248,000円••••••124万8千円!


「••••••すげぇ」


月給を125万として年収1,500万円。


月の生活費を16万として年間192万••••••いやここは200万としよう。


年間貯蓄は1,300万円!


「2年もかからずに老後資金が貯まるじゃん!」


いや必要経費とか交際費とかほか雑費がかかるからそんな単純な話ではないか。


それでも探索者は儲かるという噂は真実だった!


「ひょっとしてやってけるんじゃね?」


死に戻りで早期リタイアさえしなければ十分いける。


死ぬ危険さえどうにかすれば、この仕事は俺の天職だとさえ思えた。疲れなくて気持ちいい(性的に)から。俺って変態? 変態。







ステータスパネルを見て確認すると、レベルも3に上がっていた。


これってどれくらいの強さなのだろう?


ググってみると初心者に毛が生えたようなものとあった。そっか、まだ初心者か。当然だよな~。


さて、今の時刻は午後4時か。ちょっと早いが帰ろう。


膨らんだ財布を見てニヤニヤして「ビール飲んじゃおうかな~」なんて呟いていると、


「山田さん、待ってください~」


出口付近で聞き覚えのある声に引きとめられた。


振り返ると探索者証を発行してくれた受付嬢が追いかけてきた。女の子なパタパタした走り方が可愛い。


俺の前で立ち止まり息を整えてから言った。


「お話があります。応接室に来てください~」


「えっ?! まさか2人きりですか?!」


「はい。内密な話ですので2人きりです~」


それは困った。俺は変態なのだ。


「それはマズイでしょう。俺は変態ですよ?」


しかし受付嬢は真剣な顔で言った。


「大切な話なのです」


声も真剣だった。語尾が間延びしていない。


しかたなく俺は言った。


「俺に襲われたら自衛してくださいよ。そして訴えないでいてくれると嬉しい」


「大丈夫です。ここではスキルが使えますので~」


スキルはダンジョンの近くだと問題なく使える。


ダンジョンから遠く離れると、まるでスマホの電波が圏外になるように使えなくなる。


きっとこの受付嬢は高レベル探索者なのだろう。俺は受付嬢に従った。


応接室に入り向かい合って座った。


艶っぽい美女が机をはさんですぐ前にいる。


性の意識にドクンと心臓が跳ね上がる。


あー、でも大丈夫だわ。


裸で誘惑されたら無理だろうけど、そうでなければ十分に堪えられるくらいの性欲だった。


まるっきり思春期のエロガキだな。


思春期にえっちを覚えて猿のように行為を求める、お盛んな少年のようだ。


「ふふふ」


そんな若返ったような自分が可笑しくて、小さく笑い声を漏らしてしまった。


青春が戻ってきた。


そんな印象を持ったのだ。


受付嬢はそんな俺を不思議そうに見ていた。


──────────

【あとがき】

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