第7話 初めての戦闘

『プレイヤー【ヒロ】はギフト【アイテムボックス】を獲得しました』


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「は?」


2回目のダンジョン入場でギフトがもらえるなんて聞いたことがない。


慌ててスマホでググってみたが、そんな情報はどこにもなかった。どこを見てもギフトは初回の一回だけ。アイテムボックスは、普通はレベルアップの時に獲得する。


「俺って特別? そんなわけないよな?」


自分のことを特別だなんて思い込む痛い奴にはなりたくない。そんな歳ではないのだ。


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「後でギルドに報告しておこう」


俺はこの謎をギルドに丸投げすることにした。


俺は基本的に考えてもわからないことは考えないようにしている。


「そういうものだ」と受け止めて横に置いておく。あるいは隣人にパスをする。


俺は、絶対に自分にできることしかできないし自分にわかることしかわからない。そして自分の可能性を信じるような年齢ではない。


「俺は絶対でっかいことができるような男になる」なんて妄想は中二で卒業済みだ。


自分にできないことは他人に頼るし、他人に頼れないことは神様に丸投げする。その方が精神衛生的に良いと思うのだ。


だって、そうすれば自分にできることに集中することができるだろう?


ん? 神様は居るのかだって? 居ても居なくても俺は神様に問題を丸投げにするよ?


だから居ても居なくてもどっちでもいい。


なぜならば神様になんとかしてもらうのが目的ではなく、神様に問題を丸投げするのが目的だからだ。


神様に問題を丸投げした時点で俺の目的は達成できているのである。


あー、スッキリ。気持ちが軽くなって心が明るくなった。


なにより気負わずに生きていける。


心に重たい荷物を背負わずに自分の人生の道を歩めるようになるのだ。これはいい。お勧めだ。


頼った他人には自分にできることで返せばいい。


丸投げした神様には感謝の祈りを捧げればいい。


自分にできないことをやろうとするなんて力の無駄遣いだ。10歩で歩く道を1歩で歩くことはできないんだ。


自分にできることしかできないのだから。


逆を言おう。俺は自分にできることができる。


注意しなくてはならないのは自分に何ができるのか、その質問を常に胸に抱いて自分にできることを探す努力••••••努力ではなく習慣を怠ってはいけない。そう思う。


言葉でいうほど簡単ではないが、これを乱暴に一言で言ってしまえば、




ジーッとよく見る。そして耳を澄ましてよく聞く。




わかると動くよ。1歩踏み出せる。


逆を言えば、わかるまで動けない。動いても動いていない。なにやってんのって感じ。


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いかんな、年寄りは説教臭くて、抹香臭くなってしまう。悪い癖だ。どうか聞き流して欲しい。気にするな。


閑話休題。


あ、そうそう。ここのダンジョンはダンジョンの中でスマホが使える。


ここが特別というわけではなく、こういうタイプのダンジョンだということだ。


もちろん ダンジョンによってはダンジョンの中でスマホが使えないところもある。


ダンジョンと言っても十把ひとからげにすることはできないっていうことだ。


ダンジョンにも色々あるのさ。ダンジョンマスターたちが個性を追求したのかな?


ある程度のテンプレートはあるけれど、そこに当てはめて作った後に、それぞれが個性を出した。そんな印象を受ける。


複雑でややこしいが、そのおかげで自分に合ったダンジョンを選択することができるというメリットがある。


なお俺は、ダンジョンの全てを把握しようとする努力を放棄した。把握したいダンジョンだけを把握しようと思ったのだ。俺のおつむは小さいからな。


今の世の中はブーカ(VUCA)『不確定(変動性)・不安定・複雑・曖昧』だ。


常に変動しているので、理解不能。



アイテムボックスは問題なく使えた。


アイテムボックスを使おうと思うと、目の前に 10cm四方の黒い箱のようなものが現れた。


ステータスによるとアイテムボックスのレベルは1。内容量は1m四方、1000 Lだ。俺のリュックの50倍入る。50倍はすさまじいな。実感が湧かないならば牛乳パックが1000本入ると思えばいい。子供の荷物運びを50人雇う以上のコストが削減できる。


空中に浮かんだアイテムボックスは消そうと思うと消えて、使おうと思うと手元に現れる。


試しにリュックの中身を移して出し入れしてみた。問題なし。


俺はリュックの中身をアイテムボックスに入れることにした。荷物が減って体が軽くなりご機嫌だ。


念のため空のリュックは背負っていくことにした。不自然に見えないようにビニール袋を丸めて緩衝材にして中身を膨らませておいた。


アイテムボックスを持っていることがばれると色々と面倒事が起こるとネットで見て知っていたからだ。







「あっ、おっさん。その角を右に曲がるとトイレがあるからトイレはそこでしてくれよ」


「ありがとうございます」


通りかかった探索者の兄ちゃんが親切に教えてくれる。


ここのダンジョン、入り口付近と下層に行く階段付近のセーフティエリアにトイレがある。


これは人間が追加で作った施設ではなくダンジョンに最初からあった施設だ。さすがにトイレットペーパーは人間が持ち込んだが。


ここのダンジョンを作ったダンジョンマスターは、とても気配り上手だと思う。


ダンジョンマスターとは何か? それは存在が確認されていないもの。世間の通説のようなものだ。


「ダンジョンを作った神様のような存在がいるのではないだろうか」といううわさが広まった結果、その仮説が証明されないままダンジョンマスターという概念が出来上がり拡散した。


ダンジョン発生の原因については諸説あるが、そのどれも仮説の域を出ていない。当然ダンジョンマスターについても解明はされていないのだ。







下層に行く道は比較的混んでいるので脇道に入って行く。


1階層は初心者御用達でダンジョンができて10年が経ち初心者の数は比較的少ない。


1階層は閑散としていた。


「とりあえずモンスターを見てみよう」


1層のモンスターはスライム。


バレーボールぐらいの大きさの、楕円形をした水風船のようなモンスターだ。


ネット情報ではクラスとギフトを授かっていれば、初心者でも戦闘の素人でも楽に倒せると書いてある。油断しなければという注釈が入っていたが。


地図を持っていないので、できるだけ奥に行かないように慎重に先に進んでいく。


1分も歩かないうちにそれが見えた。青色の水風船••••••ではなくスライムだ。2匹いる。


できれば先輩諸氏の戦闘を見学させてもらいたかったのだが近くには誰もいないようだ。


じわりじわりと距離を縮めていく。


50mほど近づいて、おもむろに地面にある石を拾って投げつけてみる。


外れた。


なんてこった。俺は息子とのキャッチボールで鍛えた自分の腕に自信をなくした。最近やってなかったからなあ。


懲りずに何個か石を投げていると、ようやくスライムの1匹に命中した。


スライムがくるりと振り向いたような気がした。


もちろん気のせいだ。スライムに顔はない。


スライムの1匹がこちらに向かってくる。子犬が走ってくるようなスピードだ。意外と早い。


1mくらい前で立ち止まりブルブルっと一度体を震わせてから俺の方に飛びかかってきた。


果物ナイフを振り回して空中でスライムを迎撃しようとした。


スカッと空を切る。


ズドン


と重たい音が響いて俺の胸にスライムがぶつかった。


手加減なしにバレーボールを投げつけられたような衝撃だ。


目の端に涙がにじんだ。痛い。


その時、不思議な感覚を覚えた。


痛みが気持ちいいのである。性的に。


不思議に思っていると頭の中に電子音声のような例の女性の声が響いた。


『変態スキル【マゾヒスト】が発動しました』


「いらんわっ!」


俺は思わず叫んでいた。


俺を攻撃したスライムがふわっと空中に浮かんだ。チャンスだ。


「オラァアアアア!」


俺は果物ナイフで切りつけた。刃筋が立っていなかったのか、スライムは切れることなくその場で弾んだ。ダメージは皆無のようだ。


それでも着地したスライムが見せた隙に、無茶苦茶に果物ナイフを振り回して攻撃すると、いくつかの攻撃が当たりダメージが通ったようだ。


ダメージが通ってスライムが傷ついた時、俺は不思議な感覚を覚えた。


相手を傷つけると気持ちがいいのだ。性的に。


「まさか••••••」


頭の中に例の女性の声が響いた。


『変態スキル【サディスト】が発動しました』


「勘弁してくれーーーーーっ!」


俺は絶叫した。


「歪んでる、歪んでるよ! 人間として感性が間違ってるよ! 自分が傷ついて喜んで、相手を傷つけて心が痛まないとか俺に人の心はないのかよ!」


イヤーッ! 変態ーっ!


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倒したスライムは光の粒子となって空中に消えていき、後には小指の先ほどの小さな魔石とぷるんとしたゼリーのような塊が一つ落ちていた。ドロップアイテムのスライムゼリーだ。その前で俺はorzのポーズで絶望した。


オレが落ち込む俺に言った。


『よお、ヒロ。ずいぶんショックを受けてるじゃないか』


「ああオレ。ショックだよ、まるで俺が俺ではないようだ。俺ではない何かに変わっちまった気がするよ」


『変わっていいんじゃないか?』


「どういうことだよオレ」


『攻撃を受けていちいち痛い思いをするより断然いいだろ。ましてや相手を攻撃するたびに心を痛めてたらダンジョンではやっていけないよ』


「ああそうだな。以前の俺ではダンジョン探索者なんかできないよな」


『そうそう。ありがたいギフトじゃないか。大切に活用しようぜ』


「ああ、そうするよ。ありがとうなオレ」


俺は吹っ切れた。


「変態、最高!」


ズドンッ


いきなり背後からお尻に攻撃をくらった。もう一匹のスライムか?!


快感の痛みに俺は声をあげた。


「エクスタシぃーーーーッ!!」


──────────

【あとがき】

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