第6話 アイテムボックスと子供たち

無事に探索者登録が終わり、俺はダンジョンに戻ろうとギルドを出た。


ギルドを出ると、そこはまるで市場のようだった。


さっきは余裕がなくて周りがまったく見えていなかった。


ダンジョンの入り口である地獄門を中心に円形に広場があり、そこに屋台などが立ち並んでいるのだ。探索者らしき人たちが行き交い、まるで縁日のお祭りのような賑わいを見せている。


屋台は祭りの屋台のように串焼きや焼きそばなどの食べ物を扱ったりしているが、中には探索の必需品である道具や武器防具なども売ってあった。


ダンジョンから持ち帰られたダンジョン資源が競りに出され、買取業者たちが声を上げて買い求めている。ここだけはまるで魚市場な雰囲気だな。競り場はダンジョン資源の種類によって場所が違うみたいで、広場のあちこちにいくつも見られる。


「よう、おっちゃん。魔物に囲まれた時に逃げるために煙玉なんかどうだい」


「こっちはダンジョンの地図を扱ってるよ。10層まで1枚450円。今なら3枚買うと1200円に負けてやるよ」


「ダンジョンで食べるお弁当を売ってるよ。腐りにくくて日持ちがするいいものだよ。そしてなにより美味しい! どうだい、おひとつどうだい」


「カラス笛がたったの5千円だ! どんなに深いダンジョンの奥からでも一瞬で帰ってこれるよ!」


俺が初心者だとわかるのか、いくつもの客引きの声が俺に向けて飛んできた。まるでキャッチセールスだ。若干気圧されながら俺はダンジョンの入り口に足を急がせた。


「験担ぎにアイテムボックスに触っていきませんか。1回2000円ですよ」


と、気になる声に足を止めた。


見るとダンジョンの入り口付近に魔法使い風の若い男が立っていて、胸の辺りに10cm四方ほどの黒い箱を浮かべていた。


興味が引かれたので、その魔法使い風の男と話をしてみることにした。


「アイテムボックスに触れると何かいいことがあるのか?」


「おっと、あなた初心者ですか?」


「ああそうだ」


「ああ、そうですか。じゃあ、ちょっと詳しく説明しますね」


男は訳知り顔で話し始めた。


「探索者はモンスターを倒してレベルが上がるとクラスに応じて決まったスキルを手に入れるんですが、もちろん例外もあるのです。そのうちの1つがアイテムボックスなんです」


さらに詳しく説明を聞くと、何でもレベルアップで手に入れるスキル以外にスキルを手に入れる方法があるということだ。


そのスキルを手に入れる方法だが、手に入れたいスキルを見たり触れたりすることによってレベルアップの時にそのスキルを入手する。そういうことがまれに起こるそうだ。


例えばファイヤースライムからファイヤーの呪文をくらいまくった戦士がファイヤーの魔法スキルに目覚めて魔法戦士にクラスチェンジしたなどという話もあったりする。


ほかには僧侶のとなりでヒールの魔法を見ていた魔法使いが、ある日ヒールを使えるようになって賢者にクラスチェンジしたなど。


「アイテムボックスがあると便利ですよ。アイテムボックス レベル1でも1m四方の容量があるし、なにより入れた物の重さが体にかからないのがいいのです。重たい荷物を持たずにダンジョン探索に行けますよ。どうですか探索の必需品だと思わないかな。もっとも100人に1人ぐらいしかスキルに目覚めるものがいないから、賭けみたいなものですけど」


魔法使い風の若い男がアイテムボックスの売り込みを始めた。


ふと疑問に思ったことを聞いてみた。


男の前に浮揚するアイテムボックスらしき黒い箱は10cm四方ほどの大きさしかないのだ。


それについて聞くと、


「ああ、出口の大きさは自由に変えられるのですよ。出口は小さくとも中身は確かに1m四方ありますよ。なんならこれ出してみましょうか」


と言って黒い箱に手を突っ込んで長さ1mほどの魔法使いの杖を取り出した。


俺はおーっと驚きの声を出した。


明らかに10cm四方の箱には入らない長さの杖が出てきたからだ。


俺は背中に背負ったリュックサックの重さに意識を移した。


リュックサックは、タウンユースでも大きめのもので容量はだいたい20Lだ。


リュックサックの中には小型の救急箱に水筒・コーヒーを入れたタンブラー・昼食のカロリーバー・ 武器の果物ナイフ・タオル・スマホと財布・家のカギ・予備の布製袋数枚とビニール袋数枚が入っている。容量使用量は今のところ2Lといったところだろうか。なお重量は約1kg だ。


ここに戦利品であるダンジョン資源を入れて持ち歩くなら、おおよそ最大20kgになるだろう。 20kgといえば小学1年生を常に背負って歩くのと同じと考えればいいだろう。もっと言えば牛乳パック20個を背負って歩くといえば実感が湧くだろうか。


荷物を背負って歩くだけという労働ならば20kgでも可能だろう。だがそれを背負った上でモンスターと激しい戦闘を行わなければならないのだ。これは大変だ。


リュックサックを下ろしてから戦闘すればいい と君は言うだろうか。だがモンスターはリュックサックを下ろすのを黙って見ててくれるだろうか。


下ろせるなら下ろせばいいだろうが、下ろせなかった場合を想定しないのは愚かというものだろう。


入り口である地獄門を見ると、6人パーティーで探索者と見られる人たちが入って行くが、その内4人は軽装で残り2人はまるで重装備で登山に行くような大きな荷物を背負っている。きっと戦闘担当と荷物運び担当の役割を分けてあるのだろう。


後で聞いた話だが、荷運びというクラスもダンジョンには存在するらしい。またキャラクタークラスではないが荷物運びの仕事で探索者から賃金をもらってダンジョンに潜る人たちもいるという話だ。


ふと、


「なんで子供が荷物運びを?」


驚きに声をあげてしまった。


どう見ても小学生ぐらいの子供たちが、その体に似つかわしくない大きなリュックサックを背負って探索者たちの後についてダンジョンに入っていく、そういう姿がいくつも見られるのだ。


「貧困家庭の子供たちですよ。放課後や休日に荷物運びの仕事をして探索者から小銭をもらっているんです。離婚の増加やダンジョンの混乱期のゴタゴタによる収入の低下と急激なインフレなどの理由で貧困家庭が多いですから。労働基準法に違反していますが、どうしようもないということで政府も目をつぶっているという話です」


アイテムボックスの兄ちゃんが説明してくれた。


労働ではなくお手伝いという詐偽のような言い訳が通って「ダンジョンでは誰も死なないから安全だ」なとどウソぶいて子供をダンジョンに送り込んでいる。


当然、猛烈に反対する勢力はあるが、当の子供たちは「ダンジョンでは誰も死なないから安全。だから僕たちがダンジョンに入ってもいいよね」と、かたくなに主張している。子供たちは擁護の声より今日食べるパンを買う金が欲しいのだ。


子供がダンジョンに入るには大人同伴が義務付けられているが、そこも規制はゆるゆるだ。


結果だけを見れば子供が誰も犠牲になっていないからだ。誰も死んでいないという意味で。







俺はダンジョンに向かった。


結局アイテムボックスはどうしたかというと、お断りした。


貧乏人は賭け事に手を出してはいけない。


次こそは次こそはで結局大金を溶かすことになるのが目に見えている。俺はそういう奴だ。そういう逆方向に自信がある。賭け事は年末ジャンボのバラ10枚だけと決めている。


ダンジョンの入り口横では運搬人候補だろう何人もの子供たちが待機していて俺に向かって売り込みの声をかけてきた。


「おじさん、僕たち荷物運びするよ。重たい荷物何でも持つから、僕たちを雇ってくれよ」


「私たちは体が小さくて力もないけど一生懸命働きます。おじさんどうかお願いします」


「なあ、おじさん連れてってくれよ。石投げなんか絶対にしないからさ」


ん? 石投げ?


どの子供たちも痩せ細っていた。


辛い現実を目の当たりにして辛かった。辛い現実を見せつけてくる子供たちに理不尽に苛立ちさえ覚えた。優しい気持ちになれなかった俺は心の冷たい人間なのだろう。自分のことだけで精一杯の、自分の不甲斐なさがくやしい。


「ごめんな。おじさん今日は様子見だけですぐに帰るから連れていけないんだ」


俺の言葉を聞いて残念そうに声を上げる子供、不満そうに口を尖らせる子供、それでもなお売り込みに来る子供、次回はお願いねと約束を取り付けようとしにくる子供。なんとまあ子供達はたくましい。


そこに2人連れの探索者が割り込んだ。


「じ、じゃあ、お兄ちゃん達と行こうか。歌恋と撫子、運搬人として雇うよ。ついてきてくれ」


選ばれた女の子2人が両手を挙げて喝采をあげ 、選ばれなかった子供たちが残念そうな顔で嘆きの声を上げた。


その後も子供たちを雇う探索者たちが何人も訪れた。どうやら探索者たちの間では子供たちを 運搬に雇うことが盛んなようだ。


ただ、ダンジョンから戻ってくる運搬人の子供たちもいて、その子供たちがすぐに待機の列に並ぶので子供たちの列は尽きることがない。


帰ってきた子供たちの中には怪我をしている子供もいたのだが、通りすがりの探索者の中からおそらく回復魔法が使える者たちだろう僧侶や神官・巫女・ナースなどが一斉に集まってきてヒールなどの魔法スキルで手当てをしている。どうやらそれはボランティアのようだ。お金をとっていない。


どうも探索者たちは、子供たちにお駄賃をあげるために無理やり運搬の仕事を作っているように見える。ダンジョンに入ってもそれほど時間をおかずに帰ってきて、小銭を渡して去っていく。それでもそこそこの戦利品を背負ってくるので子供たちはふらふらだ。


ふと、1人だけ座り込んでいる子供に目が行った。世をすねたような目をした少年だ。


反抗期の頃の息子みたいな目をしてやがる••••••。


その子供だけは、どの探索者にも誘われなかった。


「ちょっといいかい?」


手近な子供を捕まえてその少年のことを聞いてみた。


「ああ、アイツは石投げ常習犯なんだ」


「石投げってなんだい?」


「経験値泥棒さ。後ろからモンスターに石をぶつけて経験値を分配してもらうんだ」


「それっていけないことなのかい?」


「なんかへーとかんりができなくなってせんせいがくずれるんだって。石投げすると探索者さんたちにすごく怒られるよ」


ヘイト管理ができなくなって戦線がくずれるってことかな? モンスターの攻撃対象が石を投げた子供に移るのだろう。子供を守らなくてはならなくなってリスクが倍増するって感じか。あー、それは嫌われるなぁ。


俺は納得して、子供に礼を言ってその場を離れた。


後で聞いた話だが、子供達の呼び込みに値段交渉がなかったのは最低賃金が取り決めされているからだそうだ。子供たちの荷物運びには一人当たり最低300円を出さなければならないというルールがあり、それを破るとペナルティーがあるらしい。具体的には、周りの探索者たちによって袋叩きリンチにされる。







先を行く子供の運搬人2人を連れた4人パーティーの後に続いてダンジョンに入る。


自然洞窟のようなそこに入ると、それが起こった。


頭の中に電子音声のような女性の声が響いたのだ。


『プレイヤー【ヒロ】はギフト【アイテムボックス】を獲得しました』


••••••••••••••••••


••••••••••••


••••••


•••


「は?」


──────────

【あとがき】

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