ストレスマッハの夫婦
ちびまるフォイ
ストレスのはけ口は寡黙が求められる
「あなた、スマートウォッチもってるわよね?」
「ああ。それがどうしたんだ?」
「夫婦のストレスを計測するアプリがあるのよ。
ちょっとインストールしてみれくれる?」
「インストールしたよ」
「私もインストールしたから、
これでお互いのストレスが我慢の限界を超えたら
自動的に教えてくれるようになるわ」
「それはいいけど……どうしたんだ急に」
「あなた結婚前にいったわよね。なんでも話し合おうって」
「ああ」
「でも実際にはそんなに話し合えないじゃない。
ストレスを抱えてそれを爆発させるチャンスなんてない。
それにストレスを自覚してないときすらある」
「それはそうかも……」
「ね? だからこうして、機械的に心拍数とか計測して
感情や意思に頼らずストレスを教えてくれる……」
ピーー。
警告がなった。
「この音は?」
「ストレス警告音よ。私のストレスがガマンの限界に達したってこと」
「え!? なんで!?」
「それはあなたが"ほーん"みたいな反応だからよ!
私がこのストレス計測を相談するまでどれだけ悩んだと!?」
「いやそれは知らないけども!」
「なのにあなたときたらどこか他人ごと!
私が日々どれだけのストレスを噛み殺していると思ってるの!?」
「ご、ごめんよ! それは気づかなかった!
でも言ってもらわないとわからないよ」
「口に出すほどのストレスだったらもう別れてるわよ!
ガマンはできない、でも表立って言えないから
こうして警告を入れたんじゃない! バカ!」
「あわわ。ごめん。すぐになにか甘いものでも買ってくるよ」
「そんなものでどうにかできると思わないで!」
「君はどのケーキがいい? このカタログから選んで」
「モンブラン!!!!!」
夫は近所のちょっと高級なケーキ屋さんで
たくさnケーキが入ったよくばりハッピー・グラシアスセットを購入。
妻の機嫌もよくなり警告音も収まった。
「落ち着いたみたいでよかった」
「これからは言葉にできなくても、
自分自身がストレスだと認識できていなくても
こうして教えてくれるようになるわ」
「僕のほう全然動いていないけど」
「あなたはストレス無いんでしょう?」
その後もストレス警告はことあるごとに鳴った。
しかし鳴るのはいつも妻の方だった。
ピーー!
「もう限界! どうして洗面台びちゃびちゃにするの!?」
「ご、ごめん! 今度はちゃんと拭くよ」
ピーー!
「ねえどうして家事を手伝ってくれないの!?」
「気づかなかったよ! ごめんすぐやるね」
ピーー!
「どうして家事の合間に話を聞いてくれないの!?」
「忙しすぎない!?」
ピーー!
「ねえ!! なんであなたは……あれ? 私の警告じゃない……?」
「……僕のだよ」
夫は耐えかねたように切り出した。
「え? ストレス抱えてたの?」
「君はポテチ食いながらよくそんな言葉が言えるね」
「だって私はエスパーじゃないもの。言ってくれないとわからないわ」
「そうだろうね」
「なにが不満なの? 家事をまかせたこと?
話を聞いてあげれなかったこと? それとも……」
「君の警告音だよ!!」
ピーー!
今度は妻のほうも鳴った。
それでも夫は直談判を止められない。
「毎日毎日ピーピーピーピー!
そのたびに僕は君の世話をしなくちゃならない」
「だってそれはあなたが原因でしょう!?」
「君は赤ちゃんか! 気に食わなければストレス!
夜泣きする赤ちゃんよりも迷惑じゃないか!」
「赤ちゃんはあなたのほうでしょう!?
あなたがちゃんとしてないからストレスがたまるのよ!」
「僕は、君のように僕をサンドバックにして晴らさない!
別で解消してるから警告されないだけだ!」
「それがいけないのよ! ちゃんとその場で言ってよ!」
「言ったらまた君の警告が鳴るだろうが!!」
ピーー!
ピーー!
やかましい二人の警告音が近所中に響いて止まらない。
「わかったわそれならしばらく別で暮らしましょう。
お互いがいるとお互いにストレスみたいだし」
「ああそうだな。しばらく君と離れたほうが心が安定しそうだ」
「それじゃ」
「ああ!!」
二人は売り言葉に買い言葉であっさり別居を決めてしまった。
お互いに実家へ戻るも、二人それぞれの荒れように家族は何も言えなかった。
人間が変に気を使ったり、忖度したりして
二人が抱える問題にふれることない時間のはずだった。
そこに切り込んだのは、空気も読めない機械だった。
ピーー!
離れているはずの二人のスマートウォッチはほぼ同時に鳴った。
「なんで!? どうして鳴るのよ!」
「バカな。衣食住なに不自由ない暮らしなのに!」
お互いがそれぞれの実家に戻り、なに不自由ない暮らし。
ストレスの元凶も絶たれたはずなのに警告音は止まらない。
どんなに自分なりのストレス発散を試してみたが、
今度ばかりはけして警告音はとまらない。
やかましすぎる警告に負けて二人は喧嘩のことも忘れて通話した。
『あなたもやっぱり警告鳴ってる?』
『その感じからいうと君もか』
『ええ……壊れたのかしら』
『そんなわけないだろう。考えられることはひとつだ』
『理由わかったの?』
『君と離れることが一番のストレスなんだろう』
『……!(ときめく音)』
『でも問題は戻ったところで同じ結果になるだろう。
どちらかのストレスが溜まり、それに引っ張られて片方もストレスが溜まる』
『そうね……。これじゃ同じことの繰り返しね』
『二人で顔を合わせるとストレスになってしまう。
なんとかそらす方法があればいんだが……』
『……ねえ、ちょっと思いついたんだけど。こんな方法はどうかしら』
こうして二人は10分という長い協議のすえに同居を決めた。
ただ同居再開しては今度こそストレスに耐えかねて、
どちらかが生き残るかのバトルロイヤルになりかねない。
そこで次は向かい合う二人の間に家族が一匹増えた。
「わんわん!!」
「か、かわいい……!」
「やっぱり飼ってよかった……!」
家にはキュートなワンちゃんが仲間入り。
二人のストレス値はマイナスを超えて虚数値まで下落した。
「喜んでもらってよかったです。
ペットが居ると家族の癒やしになりますから」
「ええそうですね」
「実感しています」
あれだけギスギスしていた夫婦もすっかり仲直り。
動物の癒やしのパワーは人間の想像を超える。
「あの、この首輪は? 妙にハイテクに見えますけど」
「あこれの説明抜けていました。
実はこれスマート・首輪っていうウェアラブルデバイスなんです」
「ウェア……? なんですか」
「犬は人間と違って言葉を離せません。
だからもしストレスを感じたら警告するように鳴っているんです」
「なるほど……」
「そうですか……」
身に覚えがありすぎる装置に夫婦はそっと目をそらした。
「それでは私はこれで。ワンちゃんと仲良くしてあげてくださいね」
店員が去ると、夫婦はワンちゃんに向き直る。
リミッターが解除された二人はすぐに抱きついた。
「かわいい~~!!」
「ずるい! もっとモフらせろ~~!!」
ピーー!! ピーー!!
けたたましい警告音が首から発せられた。
夫婦はその場ですぐにその装置を叩き潰し頬ずりを続けるのだった。
ストレスマッハの夫婦 ちびまるフォイ @firestorage
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