第8話:プログラムの深層

翔平は、新たに手に入れたキーコードの脈動を感じながら、データの交差点を後にした。

その背後には、アーサーが犠牲となった戦場が広がっている。

翔平は何度も振り返りたくなる衝動を抑えながら、シグマの言葉に従って進み続けた。


「シグマ、これであといくつのキーコードが必要なんだ?」

翔平が無理やり沈黙を破るように口を開く。

だが、シグマの答えは冷酷だった。


「残りは三つ。だが、それらは深層領域にある」


「深層領域…? それはどこにあるんだ」


シグマは一瞬黙り込んだ後、静かに説明を始めた。


「深層領域は、アンノウン・コードの中枢に最も近い場所だ。

そこはプログラムの設計そのものが不安定であり、現実と仮想が完全に交錯している。

お前の意思が揺らげば、即座に空間に飲み込まれるだろう」


翔平はその言葉に息を飲んだ。

この旅の危険は承知していたが、深層領域の存在は彼の想像を超えていた。


「そこに行くしかないんだな」


「そうだ。深層領域に到達し、すべてのキーコードを揃えなければ、アンノウン・コードを修正することはできない」


翔平が次の目的地を目指して歩みを進める中、周囲の風景が徐々に変化していった。

空間そのものがねじ曲がり、遠近感が狂っていく。

前方に見えるはずの道が次の瞬間には消え、代わりに全く異なる風景が出現する。


「なんだ…これ…?」


翔平は目の前で消えていく建物や道を呆然と見つめた。


「これが深層領域への入り口だ。

お前の意識が不安定になれば、この空間そのものが敵となる」


シグマの声に、翔平はブレスレットを握りしめる。


「行くしかないんだな。アーサーのためにも…俺がやるしかない」


決意を固めた瞬間、目の前の空間が急激に収縮し、翔平の身体が吸い込まれるように引き寄せられた。


次に目を覚ました時、翔平は完全に異なる世界に立っていた。

そこは現実とも仮想とも違う、まるで夢の中のような空間だった。

空には無数のデータの光が流れ、地面にはアンノウン・コードそのものを象徴するかのような幾何学模様が広がっている。


「ここが深層領域…」


翔平が呟いたその時、遠くから誰かの声が聞こえてきた。


「よく来たな、翔平」


その声に振り向くと、そこに立っていたのは一人の男だった。

その姿に、翔平は驚愕した。


「…父さん?」


目の前に現れたのは、天城翔平の父であり、アンノウン・コードの設計者である天城慎司だった。


「父さん…生きてたのか? それとも、これもプログラムの一部なのか?」


翔平が問いかけると、慎司は静かに微笑みながら答えた。


「私はここに残留した意識だよ。肉体はとうに消えたが、このプログラムと共に生き続けている」


「そんな…どうしてこんなことになったんだ。

アンノウン・コードがこんなに歪んだのは、父さんのせいなのか?」


翔平の声には、怒りと悲しみが混じっていた。

慎司はその声を受け止めながら語り始めた。


「確かに、このプログラムがここまで暴走したのは私の責任だ。

だが、私はこれが現実世界を救うための鍵だと信じていた。

現実を超えた可能性をこの中に宿すことで、人類を次のステージに進めることができると」


「そんなのただの狂気だ。

現実を捨てるなんて間違ってる!」


翔平の叫びに、慎司は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。


「お前がそう言うのも分かる。だが、これはお前が決めることだ。

私の信じた未来を否定するなら、この空間そのものを破壊してみせろ」


その瞬間、深層領域が激しく揺れ始めた。

慎司の姿は消え、代わりに巨大な守護者が出現した。

それはこれまでの守護者とは異なり、人型でもなく、光と闇が入り混じった不定形の存在だった。


「翔平、これがお前に与えられた試練だ。

この守護者を打ち倒し、キーコードを手に入れるんだ」


シグマの声に促され、翔平はブレスレットを構えた。


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