第2話:プログラム世界への侵入

天城翔平が目を覚ました時、そこには見慣れたオフィスの風景はなかった。

代わりに、彼を取り囲んでいたのは歪んだ街並みだった。

高層ビルは宙に浮き、地面はところどころ崩れ落ちて虚空に繋がっている。

道路には謎の数字や文字列が浮かび上がり、それらは絶えず流動しながら形を変えていた。


「ここは…どこだ?」


声を発する自分に違和感を覚えた。

視界に映る景色が現実でないことは明らかだったが、それを裏付ける確信も持てない。

翔平は周囲を見渡しながら、一歩ずつ慎重に歩き始めた。


空には奇妙な記号が浮かび、どこからともなく機械的な音が響いてくる。

その音は規則性があるようでなく、不快感を覚えるリズムだった。


「まさか…これが『アンノウン・コード』の内部なのか?」


翔平は、未完成のプログラムが引き起こした異常現象が、自分をこの空間に引きずり込んだと直感した。

それでも彼は、自分の身体がここに存在している感覚を否定できなかった。


遠くから足音が聞こえた。

いや、正確には「足音のような音」だ。

金属が地面を叩くような音が近づいてくる。

翔平はとっさに身を潜め、音のする方に目を向けた。


そこに現れたのは、一見して人間のようなシルエットだった。

だが、その身体には無数のコードが走り、目の部分は機械のように光を放っている。


「お前が…天城翔平か」


その声は低く響き渡り、どこか冷たさを感じさせる。

翔平は身構えながら応じた。


「そうだ。お前は誰だ?」


「私はシグマ。この空間の守護者だ」


シグマと名乗る存在は、ゆっくりと翔平に近づきながら続けた。


「この場所は、お前がかつて手を加えたプログラムの内部だ。

未完成のまま放置された『アンノウン・コード』が、現実世界に干渉を始めている」


「干渉…?」

翔平の頭の中で、シグマの言葉が反響する。

プログラムが現実に影響を及ぼすなど、理論的にはあり得ないはずだった。


「アンノウン・コードは未完成ゆえに暴走している。その結果、現実世界と仮想空間の境界が崩れ始めた」


シグマは冷静に告げる。


「そして、この崩壊を止められるのは、お前だけだ」


翔平は理解が追いつかないまま問い返した。


「俺が止める? どうやって? そもそも、なぜ俺なんだ」


シグマは一瞬の間を置いてから答えた。


「お前がこのプログラムの一部を設計したからだ。

お前の意思と記憶が、アンノウン・コードの中枢に埋め込まれている」


「そんな馬鹿な…」


翔平は頭を抱えた。

彼が手掛けたプロジェクトは確かにこの名を冠していたが、それが現実に影響を及ぼすようなものになるはずがない。


「これが事実だ。そして、お前に選択肢はない。

修正を試みなければ、この空間だけでなく、お前の現実そのものが崩壊する」


シグマの言葉に翔平は愕然としたが、その時、地面が突然震え始めた。

遠くの地平線の彼方から、巨大な黒い塊が迫ってくるのが見えた。


「バグモンスターだ。空間を不安定化させる存在だ」


シグマが短く説明すると、翔平は動揺しながらも叫んだ。


「待て、どうすればいい? 俺に戦える手段なんてないぞ!」


「お前の中には、このプログラムを修正するための力が眠っている。

アンノウン・コードにアクセスする方法を思い出せ」


シグマは手をかざし、翔平の目の前に複雑なコードのような光の塊を出現させた。


「これを使え。お前がこの力を制御できるかどうかが試される」


翔平は自分の手を震わせながらその光を受け取った。

同時に、彼の腕に鋭い痛みが走り、ブレスレット状の装置が浮かび上がった。

それは、彼が設計したプログラムのキーコードそのものだった。


「これが…アンノウン・コードの力?」


だが、翔平がそれを見つめる暇もなく、バグモンスターが目の前に迫ってきた。

その巨体が地面を砕きながら進む様子に、翔平は恐怖を感じる。


「時間がない。お前の力を解放しろ」


シグマの言葉に背中を押されるように、翔平はブレスレットに意識を集中させた。

次の瞬間、彼の腕から眩い光が放たれ、バグモンスターの進撃を食い止めた。


「俺が…止めたのか?」


光の中で静かに息をつく翔平。

だが、それは始まりに過ぎなかった。


「これからが本番だ。全てのキーコードを集めなければならない」


シグマの冷静な声が響く中、翔平は現実とプログラムの狭間で戦う覚悟を決めた。


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