第12話  トマテ亭

「ご飯の美味しい宿屋を教えてください!」


「それでは朝霧のトマテ亭がお勧めです。ギルドを出て左に200メードくらいにある宿屋です」


「ありがとう!サイファさん!」

それだけ言い残してライトは駆け出していく。

そう、ライトはお腹が減っていたのだった。


ギルドを出るとちょうど日が沈むころの時間だった。

町の人は皆、心持速足で家路についている感じがする。


しばらく歩いていると煌々と光が窓から漏れてきているお店が見えてきた。

外からの雰囲気だけでも賑わっているのがわかる。


大きな木の看板には朝霧のトマテ亭と書いてあった。


ライトは扉の前で一度、立ち止まるもサイファの美味しいご飯の一言に後押しされるように中に入った。


「いらっしゃいませ!少々お待ちください」


両手に皿を持って運んでいる女性に声を掛けられる。


入り口を入ると右手に受付がありすぐ隣に上に上がる階段がある。

左手にはテーブルとイスが所狭しと置いてありほとんどの席がお客で埋まっている。

奥にはキッチンがあるようだ。


ライトが少し待っていると声を掛けてくれたリータよりも少し年上で薄い茶色の髪の綺麗な顔立ちの女性が近づいてきて聞く。


「お食事ですか泊まりですか?」


「泊まりでお願いします、あと美味しいご飯もおねがいします!」


女性は苦笑しながら


「はい。泊まりと美味しいご飯ですね、お1人ですか?」



「はいお1人です」

ライトは応える。


「それでは1泊2食付きで銅貨90枚です、宿帳のご記入をお願いできますか?」

「宿帳?」

「はい、お名前と宿泊目的をおねがいします。代筆いたしましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

ライトは名前とその横に冒険者と記入した。


「はい結構です。お支払いの後すぐにお食事になさいますか?」

「はい!すぐお食事します!」


そう言って銀貨を1枚出す


「はい、お釣りの銅貨10枚と

こちらが2階の28番の部屋の鍵です、お食事は好きな場所に座ってくださいね」


女性はウインクしながら鍵を渡して席の方を指示してくれた。


ライトは店内を見回してカウンターの空いている椅子に座る。

お客の多い時間らしくキッチンも皿を運ぶお姉さんも忙しそうに動き回っている。


程なくして水と皿に切られたパンとライトの手のひらサイズの三角形の薄い何かと野菜が沢山のスープが運ばれてきた。


「今日はガニングトーストとバジリピザ、ポトフ。後からメインのパスタが来ます」


運んでくれたお姉さんが料理名を教えてくれる。


どれもライトの見たことのない料理ばかりだったが全部美味しそうだ。


ぐ~っとお腹が鳴る。


木の匙でポトフの少し赤く細かい油の浮いたスープをすくい口へと運ぶ。

柔らかな酸味の後は野菜から出た甘味とコク

細切れのとろけるようなベーコンの塩味と脂分が舌を喜ばす。


「ん~美味しい!」

ジャガ、ニンジ、オニオどれも一口サイズで食べやすく素材の味もしっかりと感じられる。


次のガニングトーストは何かが塗ってあるみたいでテラテラと黄色く輝いている。

口に運ぶ寸での香りが鼻に付くがその匂いだけでも元気がでそうだ。

口に入れるとまずバリバリと周りの硬い部分を嚙み砕きながら中心の部分からは香りそのままの味が油分とともに溢れ出してくる。

一噛み事に疲れが吹き飛んでいく感じがする。


お姉さんはバジリのピザと言っていた黄色い何かの上に砕いた薬草や赤や黒、色々な粉末がかけられている。


三角の一辺は黄色くなっていなかったのでそこを手で掴んで三角の尖がっている部分を口へと運ぶ。

口いっぱいに頬張り手を引くが黄色い何かが嚙み切れず伸びる。

口で追いかけるがどんどん伸びて中々千切れない。

味は塩分と香草と何かの刺激が複雑過ぎてもはやライトでは表現できない美味さだった。


と、そこへ丸皿が運ばれてきた。赤く細長い何かが盛られている。


「今日のメインはトマテと挽肉ソースのパスタだよ」


ライトの目の前にドンっと置かれた皿は出来立てのようでホカホカと湯気を立てている。


「チーズは掛けます?」

お姉さんが尋ねてくる。


「・・?お願いします」

ライトはよくわからないがお願いしてみた。


お姉さんは銀色でけば立った半円の金属棒のようなものに黄色い塊を擦りつけた。


ゴリゴリと小さい音を立てながらお姉さんが黄色い塊を上下するたびに

赤いパスタの上に黄色い粉雪が降り注がれていく。


「これくらいでいいですか?」


「ありがとう!お姉さん!」

ライトは強く感謝の言葉を口にするが目は皿の料理から動かない。


皿には赤い細い恐らくパスタの上に赤いドロっとしたソースに粒々やコロコロの何かが入っていて


その上に薄く雪が積もっているかのようにチーズの粉がふんだんに撒かれている。


(フォークで食べるのかな?)


料理にフォークを刺し入れてすくうように持ち上げようとしてもパスタは全部逃げるように落ちてしまう。

何度もやってみても結果は同じだ。


見かねたのかカウンターの隣に座っているガタイのいいおっちゃんが教えてくれる。


「坊主、このパスタはフォークに巻き付けて食べるんだ」


そう言いながら自分のフォークを回転させて巻き方を見せてくれる。


「そうなんだ、ありがとうおじさん!」

「ああ、とっとと食え」


手をシッシとライトを追い立てる仕草をしておっちゃんは自分の食事に戻った。


ライトは再びパスタにフォークを刺し入れて今度はグルグルと回すとパスタはフォークに絡み付き逃げることはなかった。


ライトは大きく口を開けフォークごとパスタを口に運んだ。


パスタは熱々で一瞬味がわからなかったが租借を繰り返すとパスタのモチモチ食感と甘じょっぱいソースに粒々の舌触り、チーズの香りと塩加減が混然一体となりライトの味覚に飛び込んできた。


「美味し~い!」

ライトは目を見開いて思わず感想が口からこぼれた。


近くにいた受付をしてくれたおねえさんが空いたパンの皿を下げながら口を開く

「美味しいご飯が食べられたなら幸いです」


「ありがとう!お姉さん、とっっっても美味しいです!」


満面の笑みでそう応えるライトを見ると

お姉さんの顔もほころぶ。


「お店のサービスでパンの皿は一回おかわりできますよ」

「おかわりしたいです!」


間髪いれずの即答でライトが応える。


「はい、丁度焼きたてが出来上がったからすぐ持ってきますね」

「お願いします!」


ライトはわけがわからないほど嬉しくなって応えながらパスタを食べる。


すぐにお姉さんがおかわりの皿を持ってきてくれた。


「焼きたて熱々だから気を付けて食べてね」


皿にはガニングトーストとバジリピザが乗っていた。


「サービスってこんなにいいの??」


右手のフォークでパスタを食べながら左手でトーストやピザを食べる。


トーストは先ほどよりもふっくらで回りも柔らかくパリパリで塗られている油分はより濃厚に感じられた。


ピザの生地もフカフカしていてチーズは舌の上でとろけるような触感で全体の香りもさっきより強烈だ。


焼きたては明らかにさっきの皿よりも美味しく感じた。


ガツガツガツっとまったく手が休むことなく仕事をしてあっという間に全て完食してしまった。


皿の上から無くなってしまった料理たちとの別れが自分で食べたのに寂しすぎる。

しばし呆然としているライトを見て隣のおっちゃんが声を掛ける。


「おい坊主、なんでここの料理が美味いかわかるか?」


ライトはハッと我に返りおずおずと応える。


「わからない」


「それはな、この料理にはここのオヤジの魂が籠っているからだよ」


「魂・・・?」


ライトはよく意味がわからなかった。


「魂、それは、研鑽と愛情、そして情熱だ」


おっちゃんはそれだけ言うとガタっと立ち上がり去って行った。




カチャリ。


ライトの前に取っ手付きのコップが置かれる。


「??」


唖然とするライトを笑顔で薄茶色の髪の女性が言う。


「オーナーからです。よかったらお召し上がりください」


「なんですか?」


ライトは分けがわからず聞いてみる。


「これはホットミルクです、たぶんライトさんがあんまりにも美味しそうに食べてたからオーナー嬉しいんですよ」


「シェーン!」


「あ、怒られちゃいました」


シェーンと呼ばれた女性はテキパキと空いた皿を片付けて笑顔でちょっと舌をだし去っていった。


コップを持ってみると熱々でフーフーと息を吹きかけてから白い液体を一口飲む。


村で飲んでいたものよりも臭みがなくスッキリとしていてほんのり甘い。


ハァっと息を吐き落ち着いて周りを見てみると壁中に料理の名前らしきものが書いてある。


ライトの知らない名前ばかりだがなぜかワクワクしてしまう。


明日からの食事が今から楽しみで仕方なかった。


ライトはミルクを飲み干すとガタっと席を立ってキッチンの方に目をやると、いかにもオヤジ風の人と一瞬目が合って


「美味しかったです!ありがとう!」


自然と声が出た。


オヤジはちょっとだけ顔をほころばせ軽く手を上げて応じた。



*********

貨幣設定

銅貨1枚=100円くらい

銅貨100枚=銀貨1枚

銀貨10枚=金貨1枚

金貨10枚=大金貨1枚

銅貨の下に半銅貨や賤貨がある。

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