第23話 シモネッタ

― 親愛なるお父様、お母様、お元気でしょうか。シモネッタです。


― 象のちん〇んは手足のように自由自在に動かすことが出来るそうですが、先日大変なことがありました。


― ワルプシュール王国への道の途中で、野盗に襲われたのです。


― でも安心してください。その時に謎の騎士様が現れて、あっという間に悪党どもを倒してしまったので、私も、ハッテンマイヤーも、無傷で済みました。残念ながら、護衛についてくれていた王国の騎士様たちは亡くなられてしまいましたが……


― 助けてくれた、『花のつぼみのきみ』のお名前を教えていただくことはできませんでしたが、ワルプシュールにいればいずれはまた会うこともできるかもしれません。これからの生活が楽しみです。


 ハッテンマイヤー女史は手紙を丁寧に折りたたんで封書に入れた。


「シモネッタ様、この『花のつぼみのきみ』というのは?」


 女史が問いかけるとシモネッタは頬を染めて縮こまる。少し人より大柄な彼女であるが、そうやって恥ずかしがる姿はやはり年頃の少女のものである。


「もしかして、昨日のマフラー男のことですか? アレはベネルトンの町の近く、確かにワルプシュール王国の人間の可能性は高いですが……何故なにゆえ『花のつぼみ』?」


「花のつぼみのように愛らしいちん〇んをしてらしたので……我ながらなかなか風情のある名付けだと思います。どうですか?」


「風情のある罵倒ですね」


 風情はあろうとも罵倒は罵倒である。だが頬を桜のように染めて話すシモネッタが示している感情は決して性への好奇心ではない。もっと純真な、恋する乙女のそれである。


 それを理解しているからこそハッテンマイヤーはため息をついた。


「シモネッタ様、年頃の乙女がちん〇んとか言うものではありません。手紙にも書いてはなりません。そういう性を連想させるものは、深く秘めて人に見せぬものです」


「あらどうして? ハッテンマイヤーの隠し持ってる薄い本では男同士でまぐわっていましたというのに」


「私はアラフォーだからよいのです。それに隠し持つ分には問題ありません」


 話し疲れてハッテンマイヤーは鼻梁を押さえる。マルセド王国の姫であるシモネッタの教育係を長年勤めてきた彼女であるが、話し言葉は上品であるのに、心根に下世話なところがあるらしく、その部分をどうしても矯正することが出来ない。


「というか……あれは、騎士だったのですか?」


 ふと思う。結局昨日のアレは何だったのか。全裸にマフラーで顔を隠したリュート弾き。少なくともどう考えても騎士ではあるまい。


 通りすがりの変質者。


 だがその変質者に命を助けられたのも事実。


 ハッテンマイヤーも少し顔が熱くなった。年ももうすぐ四十が見えてきたころ。不惑の歳を控えて、もはや色恋などに心を躍らせることもないだろうと思っていたのに。


 とはいえ、変態には変わりない。ハッテンマイヤーはかぶりを振って想いを断ち切る。自分の事よりも主の事を考えろ。嫁入り前の姫であるシモネッタに、あんな変態を近づけるわけにはいかない。とはいえ、国王からも「この国での振る舞いはシモネッタの自由にさせよ」とも仰せつかっている。悩みどころである。


「ああ、『花のつぼみの君』、せめてもう一度お会いしたいです」


 しかし心配の甲斐もなくシモネッタは重症のようである。恋煩いはエリクサーでも治らぬと聞く。


 とはいうものの『花のつぼみの君』が名を名乗らなかったのは僥倖であった。顔を隠していたこともあるし、おそらくは身分を知られたくはないのだろう。彼はいったい何者であったのか。なぜ全裸だったのか。


 身分を知られたくないという事は、このワルㇷ゚シュールの貴人であろうか。いや、貴人でなくともあんな格好では人に知られたくはないだろう。だとすれば趣味で全裸で散歩していたところ、偶然あの凶行の場に出くわしたという事か。全裸で散歩をするのも十分に凶行であるが。


 どちらにしろもう彼の手掛かりはないのだ。いくらシモネッタ姫が恋焦がれたとしても、もはや探す手段などない。もし彼が貴人で、王宮に出入りするような人間であれば、偶然出くわすという事もあるかもしれないが。しかしそれにしたって顔も知らないのだ。出くわしたところで「それ」と知りようがない。


 その点で考えればハッテンマイヤーの心配も杞憂となろう。


「ハッテンマイヤー、わたし、こんな童話を読んだことがあるのです」


 また彼女が何か言いだした。彼女は発想が少し突飛なところがある。油断はできない。


「父を失って意地悪な継母の元で育てられて端女はしためのような扱いを受けていた貴族の娘が、魔法の力で衣服と靴を整えて王子様の舞踏会に出席して、見染められるんです」


 どこかで聞いたような、どこでも聞くような一発逆転のなろうストーリーである。


「娘は舞踏会も終わって名も名乗らず帰ってしまうのですが、王子様はどうしても彼女の事が忘れられない。そんなときに、彼女が帰る途中で落としたといわれるガラスの靴を手に入れるんです」


 なるほど。なんとなく話が見えてきた。身分を明かさず舞踏会から消えた少女と、全裸で現れて颯爽と消えていった全裸マフラー男。同列に並べていい物かどうかは置いておいて。


「そこで王子様は考えました。このガラスの靴を履ける者が、舞踏会の少女の正体なんじゃないのか、と」


 浅はかな考えである。靴のサイズが同じ女など星の数ほどもいそうな気がするのだがどうなのか。ところでそれと今回の件とどう繋がるのであろうか。


「王子様は国中にお触れを出したのです。このガラスの靴を履くことのできる少女を探せ、と」


 言いたいことは分かる。しかし今回例の裸マフラー男の遺留品など何もないのだ。唯一、現場に粉々になったリュートが残されていたものの、それも回収せずに道を急いでしまった。


 仮に回収していたとしても壊れたリュートが何の証拠になるというのか。体のサイズに合わせて一つ一つ作るようなものでもないのだ。


 もしかするとリュートの流通経路から身元を確認するという事か。なんだか童話というよりは警察の捜査のようになってしまっている。


「花のつぼみの君が残したものは何もありませんが、でも彼の可愛らしいおちん〇んの事はこの目に焼き付けて、決して忘れてはいませんわ。


「なんだかよく分かりませんが猛烈に悪い予感がしてきました」


「ハッテンマイヤー、冒険者ギルドにお触れを出してください。『この国中の粗チンの者を集め、私の恩人を探してください』と」

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