第22話 義によって助太刀致す
「なんだこの曲は!? 何もんだ!!」
護衛の騎士を打ち倒し、ようやく目当ての馬車にたどり着いた野盗達。しかし突然流れてきたリュートの音色に困惑の色を隠せないようであった。
馬車をたった一人守っている黒いスカートの女性も、同様に戸惑っているようではあったが。
しかし三人残った野盗の中の、リーダー格に見える男が落ち着き払って言い放つ。
「落ち着け野郎ども。無視して大丈夫だ」
「で、でもボス……」
「相手の気持ちになって考えろ。助太刀に入る奴がいるとして、わざわざ自分の存在を教えるアホがいるか? この音にビビッて俺たちが逃げ出すのを待ってんだよ。敵は一人。しかも俺らが怖くて姿も表せない臆病者だ。数に数えなくていい」
そういうとボス格の男は馬車の方に向き直り、舌なめずりしながら女性を上から下まで舐めるように見る。
「それはそうとなかなかでけぇ乳してるじゃねえか。ババアは趣味じゃねえが、こいつはちょっと楽しめそうだぜ。仲間をさんざ
そう言ってベルトを緩める。
「そんななまくらよりよっぽどいいモノを握らせてやるぜ。おいおめえら! 英雄気取りの臆病もんが邪魔しねえように見張ってろよ!」
「へ、変態め!」
やはり下種な野盗らしい考えというところか。慣れない剣を握り締める女性の顔が青ざめた。
「キャアアアァァァ、ヘンタイィィィ!!」
しかし直後、女性は改めて叫び直した。あまりのでかい声に野盗もビクリと驚いたが、しかし彼女が見ているのは野盗に非ず。その視線ははるか先、野盗の後ろに注がれる。
「な、なんだ!? おめえらちゃんと見張ってろってギャアアァァァ、ヘンタイだあぁぁぁ!!」
盗賊が振り返ると、そこには全裸にマフラーを顔に巻いた男がリュートを弾いていた。
「義によって助太刀致す」
そう言ってリュートをジャラーンと掻き鳴らす。恐怖。野盗どもにはまったく意味が分からない。
野盗に襲われている市民を助ける。分かる。身分を知られたくないのでマフラーで顔を隠す。分かる。野盗が驚いて逃げることを期待してリュートの音を聞かせる。分かる。全裸で助けに来る。これが分からない。
「分からない」ということは、人間にとっては根源的な恐怖なのだ。
「くそっ、やっちめえ、おめえら!!」
そしてその恐怖は野盗の判断ミスを招いた。敵は明らかに一人しかいないのだ。三人で一度に襲い掛かるべきであったのに、ボス格の男は自分を安全圏において部下二人に攻撃を指示したのだ。
「うおおっ!」
自分を大きく見せかけるため、要は威嚇のために大きく振りかぶって切りかかる。しかし一皮むけたルカには振りかぶりがあまりにも大きすぎた。一瞬で距離を詰め、剣を振り下ろす前に鼻下の人中という急所に頭突きを入れて昏倒させる。
斃れた敵を確認してリュートをジャランと一掻きする。残心である。
すぐにもう一人も襲い掛かってくるが脱衣してアジリティの上昇したルカにその刃は届かない。クロスカウンターでアゴ先に掌底を叩き込むと、白目をむいて倒れた。
ジャラ~ン。
「ふ、ふざけやがって! この俺様は元は冒険者だったんだ! 他の二人のようにはいかねえぞ!!」
賊は正眼に剣を構える。隙が無い。当然であるが、冷静に構えられてしまっては素手のルカにとっては不利極まりない状況。
だが、ルカは打って出た。これまでの攻撃を待っての後の先ではない。正眼に構えている相手に対してリュートを振りかぶったのだ。
「バカか! そんなもんが効くわけ……」
剣を盾にして待ち構える野盗。尋常なればリュートが砕けて一巻の終わり。しかしこれは
「ぶぐッ!?」
リュートは剣を叩き折り、野盗の頭部を上半身にめり込ませた。野盗はそのまま七孔噴血(※)して絶命、力なく崩れ落ちた。
※七孔噴血……両目、耳、鼻、そして口の七つの孔から血を噴き出すこと。
同時にリュートも粉々に砕け散ってしまったが、通常のリュートの強度であればそんなことが出来るはずがない。なにが彼のリュートを鈍器たらしめたのか?
実は、ルカがリュートを演奏していたのは伊達や酔狂でやっていたのではない。自らを奮い立たせるためでもあるが、彼の本当の目的はリュートに魔力を込めるため。すなわち歌と旋律で魔法を行使する
「ひっ……」
悪は滅した。辺りを確認してからルカが馬車の方に向き直ると、中年女性は小さく悲鳴を上げて腰を抜かしたのか、その場にぺたりと座り込んでしまった。
「御婦人殿、お怪我はないか」
「あ、は……はい」
おそらく彼女は馬車の中にいる貴人の付き人か何かであったであろう。貴人は身代金のために生かしてもらえるかもしれないが、付き人はいらない。もしあのままであったならば、野盗どもに犯され、殺されていたところ。
突如現れた変態にその命を救われたのだ、というところをようやく理解できたことであろう。とはいえ、未だルカに対して警戒心を持っているのは否めない。当然であろう。全裸なのだから。
「御者はできるのか?」
ルカが尋ねると、女性はこくこくと頷く。もう彼は必要あるまい。ルカの仕事は十分に果たした。これ以上の長居は無用、と判断した。そうでなくとも婦人と貴人に一物を見せつけ続けるのはあまりよくない。
御者の仕事を女性ができるのならば、あとは本人たちに任せよう。そう考えてルカが背を向けた時であった。婦人とは違う声が彼にかけられた。
「あの……ありがとうございます」
鈴の音のような美しい声。どうやら馬車の中の貴人は若い女性であったようだ。ルカは「しまった」と思った。そんな若い女性の、それも貴人に思うさま自分のちん〇んを見せつけてしまったのだ。
「当然のことをしたまでだ。礼などいらない」
過ぎたことは仕方あるまい。軽はずみな己の行動を恥じながらも(といっても他に方法などなかったのだが)その場を後にしようとしたが、さらに声をかけられた。
「待ってください、あの……」
もう本当に勘弁してくれ。早く帰らせてくれ。自分も好きでこんな格好をしているわけではないのだ。と、思いながらも律義に足を止めるルカ。
「せめてお名前を、教えてください」
絶対イヤである。
冗談ではない。
何のために覆面をしていると思っているのだ。まさかとは思うが普段からこんな格好だとでも思っているのか。
「礼が欲しくてこんなことをしたわけではない。これはただ、私の自己満足にすぎない。だからあなたも、感謝などする必要はない」
感謝はしなくてもいいから、お願いだから通報などもしないでくれ。それがルカの本音である。ルカはその言葉を最後に、その場を去った。
後には呆然としている婦人と豪華な馬車だけが残された。馬車の中から、切なげな声が小さく響く。
「ありがとうございます、花のつぼみの
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