第21話 全裸マフラー

「チッ、てこずらせやがって。これじゃあ赤字だぜ」


 ルカが見た光景。山間の道の中で、野盗に大きめの馬車が襲われていたのだ。野盗の数は三人。それほど多い数ではないものの、馬車の周りにはすでに息絶えたもの言わぬ肉が複数転がっている。


 野盗のリーダーと思しき男のセリフから、おそらくはもっと楽に降参するだろうと思っていたのが予想外の反撃にあい、双方ともに大きな被害を出した、というところか。


 斃れている者たちは装備の整って統一されている兵士の者と、粗悪な鎖帷子などだけをつけた者、両方存在する。


 馬車側はすでに戦えるものは残っていないようだ。たった一人、黒いロングスカートの中年女性だけが残っており、御者も矢を受けて斃れている。おそらくはまだ馬車の中にも人はいるであろうが、戦力には数えられないだろう。大きめの、金細工の装飾で彩られた馬車。乗っている者はおそらく貴人。


「無駄な抵抗しなきゃ命だけは助けてやるぜ? 武器を捨てな」


 目つきのきつい中年女性はおそらく兵士が持っていたものであろう、とても扱いなれているとは思えない剣を構えて馬車の扉を守っているが、野盗三人相手に戦えるようには見えない。


 一方の野盗側のリーダーも、身のこなしからすると凄腕とは言いづらい。


「僕が……なんとかしないと」


 だが、ルカが勝てる相手かというと正直微妙ではある。いや、三人いることを考えると少し荷が重い。だがそれでも、ルカは前に進む決意をした。


(どうする? どうやって行く? マフラーで股間を隠すか?)


 彼がまず考えたのは自身の服装であった。助けにはいったものの、変質者と勘違いされてはたまらない。最悪、野盗と馬車との間に割って入ったとしても『変質者』としてあの黒ずくめの女に切り捨てられる可能性がある。いくらなんでもその事態は避けたい。


(ならば、マフラーをふんどしみたいに股間に巻いていくか?)


 陰部を隠していれば問題はないはず。とりあえずは「〇〇の罪」とかの犯罪には問えない。


 だがどうであろう? 全裸にマフラーだけを股間に巻いた不審な男。十分に変態ではないだろうか。やはり切られる未来がルカの脳裏に浮かんだ。どうあっても切られるのか。


 ならばいっそのこと。


(マフラーで、顔を隠す。股間は隠さない。隠せない)


 思い切った策に出ることにした。街中で陰部を丸出しで歩いていれば当然ながら衛兵に捕まる。だがそれは現行犯でのこと。顔を隠してしまってそのまま逃げれば、あとから自分を特定するものはなくなる。


 つまり今回もマフラーで覆面だけして助けに入り、助け終わったらそのまま逃げてしまえば何の問題もないのではないかと思い至った。急いでルカはマフラーで顔を覆う。


 さて、もう一つ問題がある。


 当然ながら、ルカにあの野盗三人を倒すことが出来るのか、ということである。


 見たところ、野盗は手練れではない。


 だが待ってほしい。ルカも手練れではないのだ。Cランクの冒険者。しかも吟遊詩人バード。戦闘能力は正直言って素人に毛が生えた程度である。


『お前自身の、全裸の可能性を信じろ』


 その時、ルカの脳内にスケロクの言ってないセリフがリフレインした。


 いやまあだいたい似たようなことは言っていたものの、そのものズバリなことは言っていない。


 言っていなくとも。


 信じる気持ちが力になる。


 もはや彼は、恥ずかし気に股間を隠すような仕草は見せてはいない。堂々と股間を開示し、己のうちに宿る勇気の炎を煌々と灯しているのだ。自分だけがあの馬車を助けられる。自分こそがそれをしなくてどうするというのだ。


 冒険者になったばかりのことを思い出した。最近はリスクとメリットを勘案して、効率よく金と名声を稼げる仕事はないかと依頼掲示板とにらめっこする日々であったが、昔は違ったはずなのだ。


 幼い頃、彼は村のほとんどの人と同じように、一生自分の生まれた村から出ずに、そこで生涯を終えるのだと思っていた。そんなある日、流れの冒険者が村に立ち寄った。


 幼い彼はその冒険者の離す、「外の世界」の話に夢中になった。雪すらも見たことがなかった彼に、ダンジョンの中での悪魔との戦いや、南方極海での世界の果て、カスカータル・ボルドと呼ばれる大瀑布をかすめる冒険航海の話をしてくれた。


 おそらくそのほとんどは嘘であっただろうと今ならわかるのだが、しかし間違いなく幼き日の彼にとって冒険者はヒーローだったのだ。実際に冒険者になってみると、そのほとんどは「悪党」と呼ばれても致し方ないどうしようもないクズばかりであったが。


 昨日までの彼だったらこの馬車を見捨てて、野盗に見つからないようにこっそりと逃げ出していたかもしれない。


 だが今日の彼はもう違うのだ。


 英雄達の戦いをそのまなこに焼き付け、そしてまた自分もその叙事詩サガの一部となった彼は。


「勇気を。僕に勇気を」


 まるで呪文のように小さく唱え、リュートを掻き鳴らす。


 戦いにおいて圧倒的有利の条件となる奇襲の権利を手放すこととなっても、その旋律が彼には必要だった。一本一本弦を弾く度に、胸の内にある炎に薪がくべられる。この音色によって野盗に自分の存在を知られようと知ったことか。これは勇者に必要なのだ。


「なんだ?」


 ならず者どもが色めき立つ。


 他に通るものなどあるはずがない夜の山道。ようやく護衛の騎士どもを片付けてさあこれから。おいしいメインディッシュにやっとありつけるといったところで邪魔が入ったのだ。仕方あるまい。


「なんだこの曲は!? 何もんだ!!」

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