第20話 解散
「日が、沈んでいく」
この世界を人間の住む領域『ヴァルモウエ』と魔族の住む領域『ガルタリキ』に分かつ『北の大断絶』。
二枚に分けられたピザのような姿をした、この世界の裂け目の中央へと太陽と呼ばれる光球が沈んでいく。
ダンジョンの外に出たルカには、見慣れた夕日も今日ばかりは特別なものに映った。山の向こうには日が沈みゆき、反対側の地平の向こうにはアストラルシーを悠々と泳ぐレヴィアターノの姿が見える。
本当にいろいろなことがあった。ダンジョンの中で仲間に殺されそうになり、そのさなかにドラゴンに襲われ、そして謎の全裸集団に助けられた。
いろいろとあってその全裸集団の仲間となってダンジョンを探索する羽目になり、結果ダンジョンの最奥部で歌と踊りのギミックを解き明かし、人類未踏の新しい領域を発見した。
ガルノッソとベインドットは未だ行方不明ではあるが、幼馴染のメレニーを救い出すこともできた。
「メレニーさんは僕が町へ帰しておこう」
先にダンジョンを出て服を着込んだヴェルニーがルカに声をかけた。こうやって普通の格好をしていると、本当に非の打ちどころのない、男の持つイデアを体現したような存在だ。
「すいません、よろしくお願いします」
ルカが背負っていた、まだ気を失ったままのメレニーを預かると、ヴェルニーは所謂お姫様抱っこでもって迎えた。憎いくらい絵になる男だ。男か女かも分からないような体型と髪形をしたメレニーが、本当に『お姫様』に見える。
もう、今日人生が終わってもいい。そう言いたくなるほどにルカにとっては今までで最良の、充実した一日であった。
「ちょっとぉ、これから世界の謎を全部解き明かしてやるんだから、こんなところで満足しちゃだめよ?」
声に出して言ってしまっていたようだ。いたずらっぽい笑みを浮かべながらグローリエンがそう言った。当然彼女もダンジョンの外では衣服を着用している。この可憐な少女がダンジョンの中では自分の陰毛を毟って人に渡すようなぶっ飛んだ女だとは。彼女にもらったお守りはまだ袋に入れてルカの首から提げられている。
「せ、世界がなぜこんな形をしてるのか、ガルダリキはどんな場所なのか……まだまだ知りたいことは、一杯……ある」
衣服を着用したスケロクは借りてきたゴブリン(※)のようにおとなしくなる。
※群れで生活するゴブリンは単独になると途端に大人しくなることからくる慣用句。
「じゃあ、僕達は先に町に帰るよ。帰り道、気を付けてね。家に帰るまでが冒険だから」
さて、ダンジョンの入り口に衣服を隠していたヴェルニー達はそれを着込み、町へと帰っていった。メレニーを連れ立って。彼女が目を覚ませば、まあうまく話をつけてくれることであろう。
問題はルカの方だ。彼は自分から服を脱いだのではなく、ダンジョンの最奥部で悪魔に服を破かれてしまったので着るものがないのだ。
現在身に着けているのはリュートと、そして最低限の防寒具としてスケロクに貸してもらったマフラー、そしてグローリエンにもらったお守りのみである。
全裸マフラー。完全に変態である。
日が落ちるのを待ち、暗闇に乗じて宿に帰らなければならない。これからが彼にとっての冒険なのだ。
待ってくれ、ヴェルニー達に服を持ってきてもらえばいいじゃないかと思うかもしれないが、さすがにそこまで甘えるわけにいかなかったのもあろうし、単純に言う機会を逃したところもあるのかもしれない。そしてヴェルニー達も『裸』に対して無頓着であるためにわざわざそこまでしてあげようという心配りが足りなかった。
もしかしたら「それを口実に町まで全裸で行けるじゃん羨ましい」とも思っているかもしれない。いや、さすがにそれはないだろう変態じゃないんだから。とにかく……
「そろそろ暗くなってきたな、行くか」
ルカの大冒険が始まる。
さすがに少し暗くなったからと言って遭難するほどの山の中ではないが、早く帰るに越したことはないのだが、自然と歩みは遅くなる。
がさりと音が聞こえるたびに体が硬直する。それは大抵の場合ウサギや、藪の中の鳥が出す音であったが、「誰かいるのか」という緊張感が心臓の奥に突き刺さる。もしもあれが人であったなら……日が落ちて気温はどんどん下がってくるというのに、体温はそれに反比例して上がっていく。
もしかして自分は興奮しているのか。いやそんなはずはない。自分は変態ではないはずだ。自問自答しながらゆっくりと進む。
もしも人と出くわしたなら。いったいどうやって誤魔化せばいいというのか。
正直に「ダンジョンで敵と戦っていたら衣服を全部はぎとられてしまって」などと言って信用してもらえるだろうか。いや、無理だろう。自分ならば信じない。そもそも言い訳をする機会など与えられないだろう。読者の方がもし山道を歩いていて全裸にマフラーのリュートを構えた男と出会ったならどうするだろう? 当然言い訳など聞く前に走って逃げるだろう。恐怖でしかない。
しかしそれよりも町に戻ってからどうするかというのもある。
この町の出身でないルカは町はずれに宿をとっている。中心部をこの格好で通らなくて済むのは僥倖であるが、しかし宿の主人にはなんと言い訳するか。
スケロクには悪いがマフラーで陰部を覆って隠し、服が破れたと言い訳しながら一気に突き進むしかないか。
そんなことを考えている時であった。
「なんだ……? 何か聞こえる」
それほどこのダンジョンに来た回数が多いわけではないので、あまりこの辺りに詳しいわけではないものの、めったに人と遭遇することのない道だということは知っている。
だがなにか、遠くから人の声が聞こえてきた気がしたのだ。
「どこだ……? これは、悲鳴? それに、怒号も聞こえる。まさか、誰かが争っているのか?」
耳を澄ます。
音が木々に反射して方向を特定することが難しかったが、確かに戦闘音が聞こえた。方向ははっきりとは分からなかったが、しかし馬の声が聞こえた。ということは馬車が通れるような太い道の可能性が高い。辺りでそんなロケーションはそれほど多くない。ならばなんとなく場所の予想はつく。
走って移動する。行って自分が何ができるのか。ダンジョンでの成功体験に浮かれて自分に酔っているのではないか。そう言われれば確かにそうだったかもしれない。
だが仮にそう言われようが言われまいが。彼は冒険者としては不適格なほどに善良な人間であった。
少なくとも自分の危険を顧みずに他人に助けの手を差し伸べられるほどの。
「馬車が……襲われている」
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