第19話 罵倒

「すごいよ、すごいよ! ルカ君!!」


 かなり興奮気味に、ヴェルニーがルカの両肩を掴んで揺する。ルカの方はその勢いに押されてか、何が何だか分からないといった風である。


「いや本当にすごいよ、ルカくん。ベネルトンの冒険者が……まあ最近はほとんど忘れ去られてたけど一年近く解けなかった謎を解いちゃったんだから、自信もっていいよ」


 グローリエンに言われてようやく彼も実感が得られたのか、ゆっくりと玄室の奥の通路に視線をやった。


しかし、それからすぐにグローリエンに裸を見られてしまったことを思い出して恥ずかしそうに股間を隠した。


「ありゃりゃ、まだ恥ずかしいの? ルカくん」


 それはそうである。年頃の異性に裸を見られるなど、バキ童の彼は当然初めての経験である。全裸スペシャリストの彼女らとは違うのだ。


「大丈夫だよ、その……なんというか、愛らしいちん〇んだったから。あんまりちん〇ん感なかったよ」


 最大限気遣いをした罵倒である。


「ほら、隠してんじゃねえ。堂々としてろ」

「あっ」


 スケロクが手を引っ張って隠すのをやめさせる。もはや如何様にもならぬ状況となって、ようやくルカも覚悟を決めたようだった。顔を真っ赤にしながらも、隠すことは諦めた。


「わ、わかりました。もう隠しません。その代わりと言っては何ですが……その、もし僕が勃〇してたとしても、スルーしてください」


「大丈夫だよ。ルカくんのなら勃〇しててもしてなくても大して変わらないから。誤差みたいなものよ」


 罵倒である。


「それにしてもすごいね。ルカくん、あの歌をたまたま知ってたってこと?」


「いやあ……というかグローリエンさんのパーティーのマルコさんって、本当に吟遊詩人バードなんですか?」


 職業クラスというのは基本的に自己申告ではあるが、少し失礼なものいいである。おそらく本人の前では言えまい。


「北方でよく歌われている民謡ですよ。それこそお祭りのときとかに」


「俺はこの辺の出じゃねえから知らねえな」

「わたしも。エルフの森では聞いたことないわね」

「僕は子供の頃は歌ったり踊ったりできる余裕のある環境じゃなかったからね……」


 三人ともこの歌については知らなかったようだ。それは「たまたま」である。しかし……


「でも、バードなら普通は知ってるはずです。こんなのも知らない人がバードを名乗っているなんて……」


「まあ、そのマルコって奴がエルフの耳(※)よりこけおどしだってだけのことだろうが、ルカ、おめえは自分のことを誇ってもいいと思うぜ。おめえがいなきゃあこの隠し通路は見つけられなかった」

※ウサギのように長い耳を持つエルフが実際には人間と大して聴力が変わらないことからくる慣用句


 前にも触れたが、上位のパーティーになると、万能型よりは一点突破型の、なにか突出した才能を持っている人材が求められることが多い。


 翻って見るに吟遊詩人バードという職業クラス僧侶クレリックほど回復魔法が得意なわけではないし、魔法使いウィザードほど攻撃魔法もできない。そのかわり近接戦闘も少しできるが、全体的に見てみればまあ、器用貧乏といった印象の強いクラスである。


 自然、Aランク以上のパーティーにはバードはほとんどいない。唯一いた『ワンダーランドマジックショウ』のバード、マルコはほとんど格好だけの、グローリエン曰く「キザな魔法使い」でしかなかったため、バードに必須の知識、各地の風俗や伝承に詳しくなかった。


 よって、第五階層の最奥部まで自力で来られて、なおかつバードのいるパーティーがなかったために一年近くこのフロアは放置されてきたのだ。


(僕が……僕の力でダンジョンの先に進むことが出来た)


 今日は初めての経験が多いルカ。当然、自分がキーパーソンとなってダンジョンのギミックを解き、その先に進めるようになったのも、生まれて初めての体験である。


「う……」


 小さな呻き声が聞こえた。メレニーだ。先ほどまで確かに呼吸もしていなかった女盗賊シーフのメレニー。ようやく意識を取り戻したのだ。


「メレニー! 気が付いたの!?」


 ルカが慌てて彼女に近寄り、しゃがんで呼び掛ける。


「目が覚めたのか、ルカ君」

「あのじじいの呪いが解けたんだな」


 ヴェルニーとスケロクも彼女を気遣い、近づいてしゃがみ、様子を確認する。


「ぅ……ここは……?」


 三人の裸の男が、一人の少女を囲んでしゃがみ、様子を見ているのだ。


「……え?」


 最初は状況が把握できず、意識が朦朧としていたメレニーであったが、さすが斥候職、すぐに自分を取り囲んでいる状況を理解した。


「ひっ……いゃ、あっ……」


 どさり。


 目の前にぶら下がる三本の男達。スれていそうな外見と喋り方に似合わず純情な少女であったメレニーは、あまりの事態にそのまま失神してしまった。


「ありゃ? なんだ? またすぐ気を失っちまったぞ?」


「きっと疲れていたんだろう。寝かせておいてあげよう」


 ルカは彼女を起こさないように、慎重に背負って立ち上がる。元々薄着のメレニーと大きく肌がふれあい、その温かさを感じることはルカにとって気恥ずかしい事であったが、それ以上に彼には気にしなければいけないことがあった。ルカは申し訳なさそうにヴェルニーに話しかける。


「すいません、ヴェルニーさん。ダンジョンの新しい通路が発見されたっていうのになんなんですけど、一度地上に戻れないでしょうか」


 言うまでもないが、ヴェルニー達は今日は本パーティーではなく部活動としてダンジョンに潜っている。言い方を変えれば「仕事」ではなく「趣味」で来ているのだ。


 そして目の前にはこの一年間誰にも破られなかった人類の未踏領域がその口を大きく開いて彼らを待ち構えている。


 当然ながら冒険者としては血沸き肉躍る場。熱に浮かれて先に進みたい事であろう。だが問題がある。ルカが背負っているメレニーだ。


 もしこのまま探索を続けるのならば、彼女を背負ったままダンジョンを進む? 彼女が目を覚ましたらどうするのか。今はルカも含め全員が全裸だ。見られたくはない。


 ならばダンジョンを引き返すか? ヴェルニー達はダンジョンの探索を進め、ルカは引き返す? 単独で? 現実的な策とは言えない。


 仕方がないのだ。ルカの個人的な理由で、パーティー全体の探索を終了せざるを得ない。


「そう畏まらないでくれ。そもそもこの扉が開いたのがルカ君のおかげなんだ。だれにも解けなかった謎が解けて未踏領域への入り口がその姿を現した。今回はそれだけで十分さ」


「まあ、探索は次の機会にでも、ね。それまでにどっかのパーティーが先を越されたとしたら……」


「まっ、その程度のダンジョンだったってことだな」


 スケロクの言葉にヴェルニーとグローリエンが笑みを浮かべる。


「次にスケジュールが開くのがいつになるかは分からないけど、その時までお預けだね。大丈夫、僕達は最高のパーティー『ナチュラルズ』だ。このダンジョンだけじゃない、世界中の謎を解き明かして、この世を退屈なものに変えてやろう」

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