第18話 悪魔のダンス

『ほっほっほっほ……わしのプレゼントは気に入ってくれたか? もしこの部屋の仕掛けを解くことが出来たならば、その娘を縛っている呪いを解き、返してやろう』


「うるせぇな今それどころじゃねえんだよ」


 ルカと悪魔の戦いは続いていた。


 ワインをくれだとかお嬢さんだとかわけのわからないことを歌いながら襲い掛かってくる悪魔、その攻撃を紙一重で躱し続けるルカ。いや、紙一重とはいうものの実際には何度かその鋭い爪が体をかすめ、出血しているようであったが。


 先ほど聞こえてきたのはイゴールの声のようであったが、スケロク達はその言葉を無視した。


 それどころではないからである。


「やっぱり、あいつには才能がある」


 スケロクが呟く。


 いつまでも同じ歌を歌いながらループするがごとく攻撃を続ける悪魔に対し、それを躱す一方のルカの衣服は、いつの間にかすべて切り裂かれて、全裸になっていたのだ。ヴェルニー達の言葉で彼が脱衣することは結局なかったが、彼が最終的に全裸になることはこれはもう運命づけられていたといってもいいのかもしれない。


「これホントに助けなくていいの? まずくない? 私達の中で回復魔法使えるの彼だけなんだけど」


「いいや、よく見ろ」


 スケロクの言葉でグローリエンは彼の戦いぶりをよく見る。戦いぶりというか、ひたすら避けているだけだが。


「先を読んでる?」


 踊るように攻撃を続ける悪魔。それに対し、何とかかわし続け、衣服もはぎとられてしまったルカであったが、よくよく見れば傷は少し前のものばかりであり、今はもうかすることもなく余裕で攻撃を躱していた。


「行動のパターンを掴んだんだろうか?」


「みてえだな」


 先の先を読んで躱すほどの体術の使い手ではないはず。ということはプログラムに従って動くゴーレムのパターンを読み切ったということなのか。


「ふっ」


 悪魔の攻撃を躱し、大きく後ろに跳躍してルカが間合いを取ると、悪魔の方も後ろに下がった。先ほどグローリエンが言った通り、部屋から逃げようとすれば攻撃を諦めるようである。


 後ろに下がったルカはグローリエン達の方を向いてから、慌ててリュートで股間を隠した。


「ようこそ、冒険者ギルド全裸ダンジョン部へ」


「もうそれはいいですから! それより……」


 顔を赤くしながら、ルカはグローリエンの方を向く。


「グローリエンさんは、この玄室まで来たことがあったんですよね? 本パーティーの方で」


「ええ。さっきも言ったけど」


「その時、吟遊詩人バードの人はいなかったんですか?」


「どういうこと? バードのマルコもいたけど?」


 もう大分見慣れてきたのだろうか。相変わらずルカは股間を楽器で隠してはいるものの、先ほどまでのようにことさらに目を逸らしたりだとか、グローリエンに対する不審な態度は見られない。


「すごいじゃないか、ルカくん。あの悪魔の攻撃を全て躱すなんて。僕達の見込んだ通り、君は才能があるよ」


「ルカ、それがお前の『素質』だ。服を脱いだことで回避能力が大幅に上昇したから出来る芸当に違いねえぜ」


「あ、いや……」


 何やら考え込んでいたルカがヴェルニーとスケロクの言葉を否定する。


「あいつは、『攻撃をしている』んじゃなくって『踊っている』んです。リズムを踏んで、ステップを予測できれば、躱すことはそれほど難しくはなかったです」


 それに気づいたからこそ、途中からは攻撃が当たらなくなったのだろう。


「それよりも、本当にバードがいたのにここの『謎解き』をクリアできなかったんですか? そんなこと、ありえないのに……」


 ルカ以外の全員が首をかしげる。彼が何を言っているのかが理解できないのだ。バードというクラスがこの悪魔を倒すカギになっているのか。


「ルカ君、実を言うとこの悪魔を倒すことはそれほど難しくない。Bランク以上の冒険者ならそれほど苦も無く倒せるレベルだ。でも実際倒してみると……」


「復活するのよね」


 グローリエンが合いの手を入れる。二人は、実際にこの玄室まで来てあの悪魔と戦った経験があるのだ。


「そう。倒しても一度玄室を出てまた入ると復活している。それに倒しても何も起こらない。だから、ここで行き止まりなんだろう、って言われてたんだ」


「歌の内容がヒントになっているのかと思って、ワインをお供えしてみたり、美女が相手をしてみたりもしてみたけど、全て外れだったわ」


 ルカはやはり考え込んだままであったが、やがてヴェルニーの方に、逡巡しながらもリュートを差し出した。


「すいません、少しの間持っていてください」


 いよいよ彼の体を隠すものが無くなった。『ナチュラルズ』の中でも最年少、まだ花のつぼみのように愛らしい彼の芯の部分が姿を現す。寒さと、激しい運動によって体の他の部分に血流を取られ、幼虫のように縮んでいる。


「上手くいくかどうかは分かりませんが、見ててください」


 再び悪魔の前にそそり立つ。大きさなど関係ない。硬い信念があればこそ。


「さあ 美しいお嬢さん 持ってきてくれ ウェインズッミル私にワインを

 持ってきてくれ ウェインズッミル私にワインを 喉が渇いて死にそうだ

さあ 美しいお嬢さん 持ってきてくれ ウェインズッミル私にワインを

 女とワインが欲しいのさ」


 ゆっくりとルカが前に歩み出ると、悪魔の方も今までのような攻撃的な動きではなく、はっきりと「踊っている」と認識できるような動きをしながら歌った。ルカは悪魔の攻撃がギリギリ届かない位置で静止してその姿を見守っていた。


「飲み物だけでいいんなら やってもいいよ タンズミッミル私と踊ってくれるなら

 ウェンドゥもしも タンズミッミル踊ってくれるなら あなたのところへ参りましょう

 お酒だけでもいいのなら やってもいいよ  タンズミッミル私と踊ってくれるなら

 そうすりゃ あなたにゃ ワインと妻が」


 悪魔の歌に応えるようにルカが歌い、そして踊る。全裸で。花のつぼみが可愛らしく揺れる。


 それを部屋の入り口で見ていたヴェルニー達は何やら楽しい気持ちになってきた。まったく知らない、聞いたことのない歌ではあったが、祭りで酔っ払いが躍っているような情景が脳裏に浮かぶ。


 今度は二人は声を合わせて歌い、手を繋いで踊る。先ほどまで行われていた戦いなど幻であったとしか思えぬ。


 敵意を持って立てば戦いに、息を合わせて歌えば踊りになるのだ。今は二人の酔っ払いが上機嫌になって歌い、踊っているようにしか見えない。しかも両者とも裸だ。よほど深酒したと見える。


「さあ一緒に踊ろう 罪が呼んでる 肉が旨い

 なるようになるさ まだ宵の口 悪魔が笑う」


 ゴロンと、突如として悪魔が石像になって床に転がった。


 同時に、祭壇の奥の壁が地響きを立てながら沈んでいく。


 カギは解かれ、新たな道が現れたのだ。


「す……すごいぞ、ルカ君!」

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