第12話 ようこそ!冒険者ギルド全裸ダンジョン部へ

「なんでそうなる」と、心の底から彼は思った。


「どうしたの? 早く服を脱いで」


 しかしエルフのグローリエンは容赦なくルカに対して脱衣を促してくる。


 うら若き乙女に脱衣をせがまれる。尋常であればこれほどの僥倖はあるまいが、つまるところ、まあ、尋常ではないのである。現在のルカを取り巻く状況は。


「脱がないのかい? ルカ君」


 まず一対一ではない。グローリエンのすぐ隣にはヴェルニーとスケロクが詰めている。さらに場所はダンジョンの中。すぐそこにドラゴンの死体が転がっている。


「心配するな。おめえには全裸の才能がある」


 全裸の才能とは何なのか。聞いてみたいが、聞きたくもない。絶対ろくな話じゃない。


「ヴェルニーさんは何故全裸なんですか?」


 ルカは話を逸らすことにした。


 とはいうものの、これはこれで実際疑問である。


 スケロクとグローリエンの理屈については分かった。だいぶ難解ではあるものの、全裸であることに一応の道理を持っている。要は「全裸の方が強い」ということなのだ。


 ではヴェルニーはどうなのか。見たところ彼は剣士である。噂では多少魔法も使えるとは聞くものの。


 一対一で戦う剣闘士の場合、動きやすさを重視して軽装を好む者もいる。だが戦場や冒険者でそういう者はまずいない。みな最低限の急所を守るアーマーをつけているか、鎖(チェインメイル)を着込むかするものである。


 ましてや全裸の者など当たり前だが聞いたことがない。それだけ意識の外からの攻撃、不意打ちや不慮の事故が多いのだ。戦場や、冒険者は。さらに気温の低いダンジョンの中。こんな格好でうろついていたらそれだけで容赦なく体力を奪われてしまう。百害はあっても一利などないはず。


「僕は……ベネルトンの町の、貧しい生まれだった」


 ヴェルニーが語りだした。彼は冒険者ギルドのあるベネルトンの町で生まれ育ったらしい。しかしいくら貧しかったといっても服を着ることくらいできるであろう。


「たまたま才能に恵まれて冒険者として名を上げることはできたけどね。本質的に僕は、そこいらにいるならず者とそう変わりはしないのさ」


 冒険者という名の荒くれ者が集う町だけあって、正直言ってベネルトンの治安はあまりよろしくない。町というものは活気があればあるほど同じだけ闇の深さが濃くなるものだ。ましてやそれが切った張ったで生きていく冒険者ならなおさらである。


 華やかなメインストリートから一本入れば、血と泥で舗装された裏道に親のないストリートチルドレンがたむろしているのが現実である。そんなストリートチルドレンの一人だったのだ。ヴェルニーは。


 まるでどこかの貴族の私生児バスタードであると言われても信じてしまいそうなほどの美貌に、持てる者特有の柔らかい物腰、そして他人を気遣う優しい心根。それらの彼を構成する全てと対照的な過去の持ち主であった。


「だからか、どうしても生まれの卑しさから身を持ち崩してしまう者を放っておけなくてね。よほど救いようのない悪人でなければ、どうしても助けたいと思ってしまう。あれは、もしかしたら『自分』なのではないか、と。そんな理由で、ゲンネストにはあまり素行のよろしくない者が多いのさ」


 生まれの卑しさを持ち、荒くれ者の冒険者のトップとして君臨するヴェルニー。その彼がこの優しさを持ち続けているのはほとんど奇跡といってもいいだろう。


「でもね、やっぱり『合わない』んだよ……決定的に」


 やはりそうかと、ルカは得心いった。『ゲンネスト』のメンバーを見てもはっきりとわかるのだが、ヴェルニーとそれ以外のメンバーがあまりにも違いすぎる。まるで貴族と野盗が同じテーブルについているような違和感を禁じ得ない。「この連中は普段どんな会話をしているのだろう」と誰もが思っているだろう。


 そして同時に思うはずだ。「この荒くれ者どもをまとめ上げているヴェルニーの心労や如何に」と。


「実際……限界なんだよ、もう。自分で始めたこととはいえ、なんで僕が、こんな苦労ばっかりしょいこまなくちゃいけないのか」


 頭を抱えながらヴェルニーはそう言った。


「そんなある日、ダンジョンで全裸になってみた」


「なんで」


「生まれ変わった気分だったよ……ただ一匹の獣のように、思うが儘大剣を振り回してダンジョンの中を駆け巡る」


 ここでいう大剣というのは武器としているツヴァイヘンダーのことである。それ以外のモノでは決してない。多分。


「人間って、こんなに自由だったんだな……って」


 そうして彼は救われたのだ。


「町や仕事でのストレスが溜まって限界が来ると、ダンジョンに潜っては服を脱ぐ日々。しばらくそんな状況が続いたが、ある日、出会ったんだ」


「まさか」


 先ほどから熱がこもって立って話していたヴェルニーだったが、彼の言葉に合わせてスケロクとグローリエンがブルンと立ち上がった。


「怖くなかったです? ダンジョンの中で全裸の人間に出会って」


「怖い事なんかないさ。一目で僕達は理解した。『我、同志を得たり』とね」


 三人は互いに右手を出し、中央でそれを重ね合わせた。


「……えと」


 その姿勢のまま固まった。ダンジョン内には沈黙の時が流れる。


「さあ」


「まさかとは思うけど、僕も手を重ねる流れですか」


 おそらくは、ルカが三人の上に手を重ねるまで次に話が進まないのであろう。なぜここまでして自分を仲間に引き入れようとするのか。ルカは疑問に思った。


 ギルドでは確かにグローリエンは「志を同じくする者しか仲間になれない」と言っていた。自分は彼らとは違う。少なくとも服を着ている。ではなぜ? 秘密を知ってしまったから仲間に引き入れようとしているのか?


 いや、ただ秘密を守りたいだけならルカくらいならここで殺して、そこに転がってるドラゴンの胃袋にでも詰めてしまった方が話は早いはずである。


 ではなぜ? スケロクが言っていた「全裸の才能」というものと何か関係でもあるのか。


「うう……」


 仕方なくルカは手を乗せた。もちろん着衣のまま。


 全裸になるのは嫌だったが、ドラゴンを見て思い出したのだ。早いところ仲間を救助しに行きたい。そのためには話を前に進めなければならない。


「よし、これでルカ君もナチュラルズのメンバーだ! よろしく!」


「ぬ、脱ぎませんからね……」


「フン、まあいいだろう。とりあえずは『全裸見習い』ってとこだ」


「全裸見習いとは」


「よろしくネ、新人くん」


 ルカが『ナチュラルズ』に加わった。


「ようこそ! 冒険者ギルド全ダンジョン部へ」

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