第11話 服を脱いで

「とりあえず少し休憩をしよう。ルカ君もそうだし、僕たちも一気に四階層まで下りてきて少し疲れているからね」


「いいね。ドラゴンの頬肉でステーキとシャレこもうか」


「スケロク、あなた肉食べれないんじゃなかったの?」


「ダンジョンの中でだけはいいことにしてんだよ。チートデイってやつだ」


 ルカを置き去りにして話は進んでいく。道具袋から串を取り出して肉を巻き付けるように串刺しにする。当然周囲に薪など落ちていないし、そんな嵩張る物も持ってこられないので、グローリエンが魔法で炎を灯し、焼く。手際の速さもさすがトップランク冒険者である。


 しかし結局ルカの疑問は何一つ晴れなかった。


「あなたCランクでしょう? こんなところまで下りてくるなんて、少し無理だったんじゃない?」


 肉を焼きながら向かいに座っていたグローリエンが話しかけてくる。グローリエンの具ローリエンが炎に照らされて見えそうになり、ルカは慌てて視線を逸らした。


「そう、言いたくないのね。まあ、無理には聞かないわ」


 グローリエンは何やら勘違いしたようであったが、しかしあまり言いたくない事情であることは確かだ。仲間に疎まれて、ダンジョンの深部で始末されそうになったなどと。


「とりあえず食べな。少しはそれで気持ちも落ち着くさ。仲間を探しに行くにしても、まずは自分が落ち着いてからだよ」


 そう言ってよく焼いた串焼き肉をヴェルニーが手渡してくれた。


 固くて臭い肉。しかしそれでも自分の疲労に気づいていなかったルカの体に、脂がじわり、染み込む。錆びて固まっていた体に、油が差されたように。そうしてようやく、ルカも本来の自分を取り戻していった。


「なんで裸なんですか」


 そう。


 当然の疑問である。


「僕たちの服装が、そんなに重要なことかい?」


 全裸を「服装」といってよいのだろうか? しかしそう言われてみると、たいして重要なことではないような気もしないでもない。


「まあいいじゃねえか、ヴェルニー。疑問には答えてやろうぜ。それにこいつには……」


 肉にかじりつきながら、スケロクがルカの目を見る。


「才能がある」


 なんの? と問う前にスケロクは話の続きを口にする。


「お前は『ニンジャ』って職業クラスについてどのくらい知っている?」


 スケロクの職業クラスである。あまり一般には知られていない、少し珍しい職種。斥候スカウト系の職業の中でも最高ランクの一角であり、盗賊シーフの器用さ、斥候スカウトの危機察知能力、暗殺者アサシンの戦闘能力を併せ持つ万能クラス。悪く言えば器用貧乏なイメージであった。


 Aランク以上のトップランカーになると、万能系よりはそれぞれの役目に特化した一点突破型の人物が多いこともあり、その点でも珍しいクラスである。


「ニンジャに限ったことじゃねえが、斥候スカウト系のクラスってのは身軽さを重視して、軽装だよな?」


 ああ確かに、とルカは頷く。しかしそこから先の論理展開が予測され、少し嫌な予感がした。


「人は、どこまで軽装になれると思う」


 圧が、強い。


 それはつまり。


「究極的に『身軽さ』を追求した姿が、これだ」


 すなわち、全裸である。


「どんな重い攻撃も、当たらなきゃあ意味がねえ。それはつまり、フルアーマーの重装兵にも匹敵する堅牢なる城壁だ。ニンジャの古い伝承にあるんだが、全ての装備を取り払った裸ニンジャの耐久力はシャーマン戦車に匹敵すると言われている」


「しゃ、シャーマン戦車……?」


「誰もが忘れてしまった古い伝承だからな。言葉の意味は分からねえ。祈祷師シャーマンが防御力が高いイメージもねえし、シャーマンの戦車チャリオットの意味も分からねえ。でもな、この言葉には俺はそれだけの『力』を感じた。だからそれを実証するために、俺は服を脱いだのさ」


 分かるような分からないような話である。


 しかしスケロクがその古い伝承に『力』を感じたように、ルカもまた、今のスケロクに『力』を感じたのだ。


 事実、ルカはまだそれを見てはいないのだが、戦闘時におけるスケロクの敏捷性アジリティは本人の資質もあるものの、狂気じみたものである。


「私はね」


 シームレスにグローリエンが話を継いだ。波状攻撃というものである。


「外の世界が見たくって冒険者になったんだけど、その中で自分の持つ魔術師としての能力の高さを知ったの」


 すでに肉を焼いていた炎の魔術は消されていたため、彼らについてきている、上空に浮く永続コンティニュアスライトの光とダンジョン内のヒカリゴケの薄明かりだけがみなを照らしている。


 とりあえず足元の炎による光がなくなったので彼女のが見えることはなくなったが、グローリエンが話をしている以上ルカは彼女の方を見ねばならず、大変気恥しい思いをした。


「世界の果てを知りたいように、自分の能力の限界も見てみたいと思ったわ」


 しまった、話を聞いていなかったと、ルカは慌ててグローリエンの目に視線を戻す。本当に、こんな鈴蘭のように愛らしい少女が全裸で目の前にいるとは信じられない。


「ところでルカくん、何故魔法使いは軽装で戦うか知ってる?」


「んあ!? はい! ええと……」


 一応吟遊詩人バードであり、術法師スペルキャスターの端くれである彼も知っている。鉄が魔力の集中を阻害するからだとか、精霊が鉄を嫌がるだとか、そんな理由であったと記憶している。


「でもね、鉄とそれ以外にいったい何の違いがあるっていうのかしら?」


 グローリエンの問いかけにルカは疑問符を浮かべる。魔法が自然界にある力を借りる、もしくは精霊の力を借りるものである以上、人工物であり、無機質な鉄を嫌うのは何となく感覚的に納得できる。


「鉄は鉄鉱石から作られる、自然物よ」


「たしかに」


 道理である。


 鉄が自然物である鉄鉱石から精製した人工物であるならば、衣服の木綿や麻もやはり自然物から作り出した人工物に過ぎない。両者の間にいったいどれほどの違いがあろうというのか。


「だから私は、服を脱いだ」


 いやまて。


「結果、コンセントレートも魔力も大幅に上昇したわ。鉄だけじゃない。衣服も着用しない方が魔力は高まるのよ。今までは人間のちっぽけな羞恥心がそれを誤魔化していたにすぎなかったの」


 彼女の理論としては「鉄が魔力を阻害するなどまやかしである」とはならず「衣服も脱いだ方が魔力が上がる」となったのだ。そしてそれに成功した。


「さあ、ルカくん」


 グローリエンは立ち上がってルカに手を差し出した。


「服を脱いで」

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