第10話 全裸ですけど?
ガルノッソとベインドットのことは正直あまり気にならなかったが、メレニーはどうなってしまったのか。そのことだけが気がかりだった。
いや、自分にもっと実力があれば、ギョームは無理でもガルノッソとベインドットの二人は助けられたかもしれないのに。そもそもこんな無理な探索をすることがなかっただろうか。そんなことを考えながら大きく口を開けた竜の口蓋を見ていた時であった。
「歌を止めないでくれ」
どこかで聞き覚えのある男性の声だった。
次の瞬間、ルカの頭上を風のように何かが飛び、そして凄まじい轟音を立てて何か輝く物が竜に振り降ろされた。
岩のように固い竜のうろこと、人の大腿部よりも太い脛骨を切断した音だった。おびただしい量の出血とともに竜の首が地面に転がる。
絶体絶命だと思っていた。このまま竜のエサになるのが自分の人生の幕引きなのだと、理解して納得したのだったが、だが、何者かがその危機から救ってくれたのだ。
「ひやあぁぁぁぁぁ!!」
その直後、ルカの叫び声がダンジョン内に響く。
「ちょっ、なんっで、なんで裸ッ!?」
そう。ルカの危機を救ったのは、全裸に大剣一丁を装備した男だった。
「っていうかヴェルニーさん!? なんで裸ッ!?」
「ふふ、気になるかい?」
こくこくとルカは頷く。もはや驚きのあまり言葉も失っている。
「実は今日は友人とともに偶然ダンジョンに潜っていてね。まあ、君を見つけたのは八割がた偶然だよ」
「そっちじゃなくてなんで裸ッ!?」
裸の理由がいつまで経っても得られない。だが少し時間が経つことで、ルカも少しずつ冷静になってきた。
普通に考えればわざわざ裸でダンジョンで過ごすなどありえない。だとすれば、激しい戦いの末、装備を失ってしまったと考えるのが妥当であろう。だとしても普通はもう少し恥ずかしそうにするだとか、前を隠すだとかしてもよさそうなものであるが。
ルカは恥じた。命を救ってもらったというのに自分は礼の一つも言わず、名誉の負傷(?)によって装備を失ったヴェルニーの格好ばかりあげつらって取り乱してそんなだからいつまでもCランクなのだと。
「すいません、ヴェルニーさん。命を救っていただいて、ありがとうござ……」
「お、スケロクとグローリエンも追いついてきたか」
裸である。
「ちょおおおおおッ!! なん、なんで裸ッ、裸ッ!!」
当然後から来た二人も完全な全裸である。しかもヴェルニー同様体を隠すことなど一切しない。「これが俺たちの正装だ」と言わんばかりの泰然たる態度。
ルカは特にグローリエンの体に目を奪われてしまった。年頃
しかしやはりなぜ裸なのか。ヴェルニーと同じく、激しい戦いの末、装備を全て失ってしまったのか。
三人とも下着の一枚も残さず武器以外の装備だけを全て失ってしまうなどということが果たしてあるのだろうか。さらに言うならば、三人とも衣服の類は一切残っていないが、怪我などはしていない。せいぜい小さい擦り傷程度。
全裸になってしまうほどの激しい戦いだったというのに、体は無傷。此れ如何に。
よくよく考えればもう一つおかしいところがある。
ヴェルニーが助けに来た時、ルカはドラゴンに襲われていた。一瞬で『オニカマス』を壊滅させたドラゴンにだ。
そのドラゴンをヴェルニーは一撃で殺した。まるで処刑人が首を落とすように、一振りでだ。
それほどの猛者が三人いて、三人ともが全裸になるほどの強敵がこのダンジョンにいるだろうか? というか全裸になる敵とはいったい何だろうか。やはりどれだけ考えても戦っているうちに全裸になる敵というものが思い浮かばない。
「エロスライム……?」
小さく声に出して、すぐにその考えを引っ込める。
実在するかどうかも分からない空想上の生き物だ。エロトラップダンジョンに潜み、特に女性の衣服だけを溶かす凶悪なスライム。媚薬効果を持っていることもある。もしそんなものが実在するならば……それでも少し厳しい気がする。
「大丈夫かい? ルカくん」
「あっ、いえ、あの、ありがとうございます!!」
考えても分からない。とは言えども直接聞く勇気もない。ルカはとりあえず事態を先送りして命を助けてもらった礼を言った。
仕方あるまい。新米の下っ端冒険者が、Sランクのトップランカー冒険者に「あなた裸ですよ? 頭大丈夫ですか?」とは言えまい。
それを指摘するにはあまりにも堂々としすぎている。普通に考えて花も恥じらう乙女であるグローリエンですらも全く隠すことなくその肢体を晒しているのは常識では考えられない。おかげで眼福ではあるものの、しかしあまりの気恥ずかしさにルカは目を逸らした。
そうだ。堂々としすぎているのだ。それが不自然なのである。
これはもしかしたら「服を着ていない」という認識の方が間違っているのかもしれない。例えば、竜に襲われたとき、ギリギリのピンチに陥ったことでルカの潜在能力が目覚めたとする。そう、透視能力だ。
ならばこの状態も説明がつく。三人とも、まさか自分たちの裸体が見られているなどとは思いもしていないのだ。
しかし透視能力。もうちょっとマシな能力に目覚めてくれないとピンチを脱することが出来ない。実際ヴェルニーが助けてくれなければ今頃ドラゴンの胃の中である。透視能力があるので胃の中から外の様子を眺めながら死ねたかもしれないが。
とりあえず裸のことは置いておこう。
もし自分の透視能力によって裸に見えているだけだとしたら彼らに恥をかかせてしまうことになる。ルカは気持ちを切り替えた。
「ヴェルニーさん、申し訳ないですが、ドラゴンの襲撃によって仲間が散り散りになってしまったんです。一緒に探してもらえませんか?」
裸のことを置いておけば次に来るのは大切な仲間のことである。よくよく考えれば裸のことなんかにかまっている場合ではなかった。
脅威は去ったものの、結局仲間が行方不明になってしまったことに変わりはないのだ。ヘタをすれば、そこに転がっている竜の胃の中かもしれないが。だがそれでも、確認しなければならない。
「キモが据わってんな」
スケロクが感心したようにそう言う。褒められて少し嬉しいが、そんなことよりもルカにとっての今の重要ごとは仲間のことだ。
「全裸の男女を前にしてもまずは仲間のことなんてよ」
やはり全裸であった。
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