第7話 忍者スケロク

ワルプシュール王国随一の冒険者パーティー『ゲンネスト』のリーダー、ヴェルニーに、Aランクの魔導士軍団『ワンダーランドマジックショウ』の“姫”グローリエン。


 はたから見れば羨望のまなざしでもってしか語られないこの二人にも密かな悩みがある。


 元々生まれの卑しいヴェルニーは本人の性格に反して粗暴で身勝手な仲間が多い。それら荒くれ者を押さえていられるのはひとえにヴェルニーの人徳であったが、それは同時に彼に多大なストレスを与えることとなっていた。


 閉鎖的なエルフの隠れ里で育ったエルフのグローリエンは「外の世界を見て回りたい」という欲求を抑えきれずに森を飛び出したが、古い友人であるリナラゴスもついてきたのは計算外であった。


 彼女はリナラゴスとともに術法師で構成される冒険者パーティーに所属することとなったのだが、ここでも計算外のことが起こった。


 希少種のエルフである二人は最初からパーティーに「重鎮」として迎えられ、ほんの数ヶ月でリナラゴスはパーティーのリーダーにとって代わり、そして美しく、魔力も高いグローリエンは『姫』と通称される中心人物になり、蝶よ花よと持て囃されることとなった。


 ワンダーランドマジックショウはグローリエンの逆ハーレムパーティーと成り果て、誰もが彼女の歓心を買おうと努めているのである。


「おう! 飲んでるか? スケロク!!」


「あっ、ハイ」


 冒険者ギルドのすぐ外、荒くれ者達が技試しに使う空き地のスペースにスケロクはいた。彼もまた、問題を抱えている。


「あれっ? これお前、お茶じゃないのか? 酒はいいのか?」


「あっ、いえ、飲まな……飲めないんで」


 黒装束に身を包んだ一団がバーベキューをしていた。その端っこで静かに焼き野菜をかじる男、スケロクである。


「えっ、スケロクさんお茶なんスか? 何でお酒飲まないんスか」


「いや、お茶というか、白湯……」


 諜報や工作活動を得意とする冒険者の集団『黒鴉クロガラス』は定期的にこのスペースを利用してバーベキュー大会をしている。


 最初にスケロクに話しかけた男は黒鴉のリーダー、エーベルーシュ。豪快で陽気な性格の快活な男である。斥候集団である黒鴉の負のイメージを払拭すべく、また表に功績を示すことができない団員のメンタルケアのため、このような催しを度々開催している。バーベキューには団員だけでなくその家族も招待されている。


 はっきりといえば、非の打ちどころのない好漢である。


「なんスかスケロクさん! 僕の酒が飲めないって言うんスか~!!」


「おいおいミゲル、絡み酒か? 先輩に絡むなよ。ハハハハッ」


「あ、じゃあ、一杯だけ……」


 タンブラーに少しだけ酒を注いでもらい、スケロクはそれを一気に飲み干した。別に弱いわけではない。酒が嫌いなわけでもない。だが彼は普段酒は飲まない。お茶やコーヒー、煙草に大麻、感覚を鈍らせたり、逆に鋭敏にさせたりするものは一切口にしない。常にフラットな状態を保つために。


「スケロク、肉食えよ肉。ちょっと痩せすぎじゃないか?」


 さらに言うなら肉も食さない。たまに干物を口に入れるくらいである。その肉や魚の干物も、香辛料の類は一切使わない。せいぜい防腐剤として使われているものが限度。


 それだけではない。発酵食品すらも、なるべく量を制限して取っており、匂いの強い、ガーリックやショウガなどのハーブ類も摂取しない。はたから見れば「こいつは何が楽しくて生きているんだ」と言いたくなるレベルである。


 基本的には色も味も匂いも薄いものだけを口にして真水のような状態の体を作り上げる。そうすることで常に感覚を鋭く研ぎ、そして体臭もほとんどない状態を保つのだ。


 リーダーのエーベルーシュは伝説的な斥候であり、アサシンとしても活躍していたという噂があるが、現在気づかれずに彼の背後に立てるのは、スケロクだけである。そしてスケロクだけがそれを出来るという事実すら、団員の誰もが把握していない。


彼が何のためにそこまでして牙を研いでいるのかを、誰も知らない。それどころか彼が牙を隠し持っていること自体をほとんどの団員が知らない。エーベルーシュ辺りは「只者ではないな」ということくらいには気づいているが。何か目的があるのか、それとも単に凝り性なだけなのか。彼の評価は「優秀ではあるものの、タレント揃いの黒鴉内では目立たない昼行燈」といった程度である。人によっては「ノリの悪い奴」かもしれない。


 しかし彼が昼行燈なのは意図的なものではないのだ。酒は意図的に飲んでいないものの、後輩からダル絡みされて上手い返しができないのは意図的ではない。元々そういう人間なのだ。


 もっと端的に言うと、スケロクはエーベルーシュのことを実力的にもリーダーとしても深く尊敬しており、そして黒鴉自体はとてもいいパーティーだと思いつつも、「自分には合わない人だ」と思っている。そしてこの飲み会が苦痛で仕方なかった。


 駆け出しの頃「飲み会も仕事のうちだ」と先輩に言われて以来休まず参加しているものの、飲み会が楽しかったと思ったことなどただの一度もありはしなかった。


「はぁ……」


 次の日の朝。


 「人付き合いも悪くないきちんとした社会人」であるスケロクは飲み会の最中や終わったとたんにため息などついたりしない。


 次の日の朝、ギルドの依頼掲示板を見ながら、ようやく深くため息をついた。


「グローリエンとヴェルニーか、おはよう」


 背後から近づく二人に、振り返りもせずにスケロクは挨拶する。


「相変わらずね。驚かせようと思ったのに」


 心なしか、二人も若干疲れた表情をしている。


「何か面白そうな依頼でもあったかい?」


「いや……」


 しばらくは特に会話もせずに、三人は無言で掲示板を眺めていた。


「今日あたり、どうだい?」


「ああ……」


 めぼしい依頼はなくとも、冒険者はダンジョンに潜る。


 財宝を求めてか、未踏領域への挑戦の精神からか。


 それとも、なにかから解放されるためか。

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