第6話 それぞれの悩み

「ヴェルニー、またダンジョンに潜ってたってのは本当か?」


 ヴェルニーが冒険者ギルドの冒険者スペースでエルフのグローリエンと談笑していると、ガラの悪い男にそう声をかけられた。


「グラットニィか。ああ、確かに一週間ほど前にダンジョンでちょっとした仕事を片付けたけど……」


 「ガラの悪い男」という表現には少しとげがあったかもしれない。顔に傷のある強面の男の名はグラットニィ。ヴェルニーの所属する冒険者パーティー『ゲンネスト』の副リーダーである。


 何もかもがヴェルニーとは対照的な男。大剣使いという点は共通しているものの、粗暴にして尊大、傲慢にして攻撃的な男。大きく盛り上がった三角筋と睨みつけるような視線が威圧感を与える。これが、あの穏やかなヴェルニーの副官をしているというのだから分からない。


「ダンジョンには行くなつってんだろうが!」


 力強くテーブルを叩いた。カップに入っていたコーヒーが躍る。


「いいかヴェルニー、今俺たちは大事な時期なんだ。上手くいきゃあワルプシュール王国お抱えの食客か、へたすりゃ騎士として取り立てられてもおかしくねえんだ。ダンジョンみてえなセコい稼ぎに関わってる暇なんてねえんだよ!」


「言いたいことは分かるがグラットニィ、アレだって誰かがやらなきゃならない仕事だ。あんな悪質な無法者ローグを野放しにしていたら後進が育たない」


「ヴェルニー!!」


 またもグラットニィがテーブルを強く叩く。早押しクイズでもしているのか、リズムを取らないとうまくしゃべれないのか。とにかく大きな音を立てるたびにヴェルニーとグローリエンは小さくびくりと驚く。


「自分と関係カンケーねえ冒険者のことなんざ考えてどうなる? おめえが考えるべきはゲンネストの連中のことだけだろうが。おめえがあの荒くれ者どもの首根っこを捕まえられなきゃ、今度はあいつらが無法者になるぜ?」


 正直に言えば『ゲンネスト』の連中は、実力は一級品であるものの、あまり「お行儀のよくない輩」としても有名である。ヴェルニーの人徳と実力が無ければとっくの昔に空中分解していただろうとも言われている。


「ん~、でもね。オフの日に何してようが個人の自由じゃないの?」


「それから!!」


 またもテーブルを強く叩く。テーブルが壊れてしまいそうだ。本来ならギルド職員が注意するところでもあるが、彼の剣幕が恐ろしすぎて声をかけられないというのが実情。


「他のパーティーの連中と仲良くするなとも言ったはずだぜ。頭のネジの五、六本外れたおめえの信望者が、何するか分からねえんだからな」


 他の奴らと仲良くするな、とはいくら何でも言いがかりが過ぎる。グローリエンは抗議の声を上げようとしたが、しかし第三者の声によってそれは遮られた。


「グラットニィさ~ん、どうしたんスかぁ? 大きな声なんか出しちゃって」

「まったく、これだから下層階級出身者はいやなのだわ。ヴェルニー様を見習ってほしいものなのだわ」


 声をかけてきたのは二人。一人は全身にびっしりとタトゥーの入ったガリガリに痩せた男。目は落ち窪み、頬はこけ、しかし目だけがらんらんと輝いており、なぜか抜身のナイフを手にしている。完全にヤク中にしか見えないが、これでもれっきとした冒険者。しかもSランクパーティー『ゲンネスト』に所属している斥候スカウト、アーセル・フーシェである。


 もう一人は夜の闇よりも黒い髪をなびかせ、黒いゴシックロリータドレスに身を包んでいる。両手で大きなボロボロのウサギのぬいぐるみを抱きかかえており、美しい顔立ちをしているものの、目のクマがひどく、病的なまでに肌が白い。やはり、方向性は違うがヤク中にしか見えない。しかしこちらも『ゲンネスト』の冒険者ルネ・フーシェ。前出のアーセルの弟である。


「なに? このスベタ? まさかヴェルニー様に色目使ってやがりますの?」


 速攻でグローリエンがロックオンされた。


「マジックなんたらってパーティーの女エルフだなぁ。ヴェルニーの旦那を狙ってんのかぁ?」


 弟を援護射撃するようにアーセルがねばつくような言葉を投げかけ、特に意味もなくナイフの刃を舐める。さすが斥候だけあってグローリエンのことを知っているようである。


「ねえお兄様、私最近亜人の小指を集めてネックレスを作ってるの。エルフの小指も一本欲しいわ」

「よぉ~し、お兄ちゃん頑張っちゃうぞ~、ナイフうめぇ」


 もはや何をしだすか分からない状態である。ヤクが切れてきたのだろうか。慌ててヴェルニーが立ち上がって二人と、グラットニィをグローリエンから離す。


「なあ三人とも、そろそろ夕飯の時間だろう。あっちで食事でもしながら次の仕事の打ち合わせでもしないか? ダンジョンのことについても、そこでゆっくり話を聞くよ、グラットニィ。すまなかったな」


 少々強引ではあるものの、三人を隔離し、ヴェルニーはグローリエンの元から去っていった。グローリエンは小さな溜息をついてから、残っていたコーヒーに口をつける。


「グローリエン、君は普段あんな連中と付き合っているのか?」


 そして彼らと入れ替わりのように男性のエルフがグローリエンの隣に座った。Aランク魔導パーティー『ワンダーランドマジックショウ』のリーダー、リナラゴスである。


「いいか、グローリエン。君がプライベートでだれと付き合いがあろうが自由ではあるけど、あまり品のない連中と一緒にいると我らエルフの品位まで疑われるぞ」


 ため息はつかないものの、グローリエンは何とも気力のそがれた表情をしたまま、マグカップに口をつけている。


「そうさ。あんな汚い声を聴かされ続けたら、耳が劣化する。僕の歌声でも聞いて中和しなきゃね」


 そしてリナラゴスの反対側にリュートを持った男が座った。同じく『ワンダーランドマジックショウ』の吟遊詩人バード、マルコである。


「君の瞳を見ていたら思いついた曲だ……」


 グローリエンの前髪を指で横に長し、目を合わせて囁く。美しい顔立ちであり、並の女であればこの一言だけで落とされていたであろう。


「歌はいいが、変な気を起こすなよ? 所詮人とエルフでは寿命が違う。結ばれることなど決してないのだからな」


 マグカップに添えられていたグローリエンの小さな手に自分の手を添えながらリナラゴスが言った。彼もエルフ族の御多分に漏れずやはり美しい顔立ちと、プラチナブロンドの柔らかい髪を備えている。


 はたから見れば逆両手に花、といった状態であろうか。ミーハーな女であれば黄色い悲鳴の一つでもあげようかといったシチュエーションであったが、しかしグローリエンは小さな溜息をついただけだった。


「……恋愛脳が」

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