第5話 引き返せ
『冒険者としての成功』というものは何なのか。
古の時代においては、人類の未踏領域に踏み込み、財宝や鉱山、肥沃な大地を発見してその所有者となる事であった。しかし人の住む大地と魔族の住む大地が断絶によって分けられたこの世界のうち、人類の領域は既にほとんどの領域がその姿を明らかにしている。
そんな中でもなおダンジョンという未踏領域はあるのだが、そこはあまりにも危険な場所である。確かに珍しい財宝が手に入ることもあるのだが、その確率はあまりにも低く、それに反して生還確率はあまりにも低い。
危険性の低い浅層には財宝などない。あるとすればそれは、人をおびき寄せる罠であろう。
あくまでもこの時代、冒険者にとっての成功とは多くの場合豪商や貴族に認められて食客となることが一番現実性が高いのだ。
ルカの所属する『オニカマス』もそんな「あがり」を目指して日々モンスター退治や護衛の任務をメインにこなしていた。いや、初めの頃は彼らにもあった気がする。何か歴史に残るようなものを見つけて、一発逆転する未来を夢見ていた頃が。
「そんな僕達がなぜ急にダンジョンに?」とは思うものの、ルカは気持ちを切り替えてダンジョン探索に臨んでいた。
第三階層。ここを探索して生きて帰れるかどうかが、中級冒険者と初心者との
「来たぜ!!」
斥候のメレニーがそう叫んで下がり、ダガーを逆手に構える。近接戦闘の特異なリーダーの戦士ガルノッソと大盾を構えたベインドットが前に出る。彼らの前に姿を現したのは大柄なベインドットよりもさらに一回り大きな豚頭の巨人、オーク。
「ブルルルルガァ!!」
唾液をまき散らしながら巨大な曲刀を叩きつけてくる。ガルノッソはそれを剣で受けようとしたが、圧に耐え切れず壁に叩きつけられ、ベインドットが盾をひしゃげさせながらもなんとか堪えた。
もう一度オークが振りかぶったところをベインドットが前蹴りで押して、何とか距離をとる。その隙に後ろで呪文を詠唱していた術師のギョームがワンドを振る。
「チャーシューにしてやるぜ!!」
虚空から流星のように炎の球が現れオークを襲ったが、威勢が良かったのは掛け声だけだった。両腕で火球を防いだオークの身体を焦げさせ、怯ませることぐらいは出来たのだが焼き上がりはいまいち。焦って後ろのルカに怒号をとばす。
「ルカ! さっさとガルノッソに回復魔法を掛けろ!!」
「ひっ、あ……」
命令が通じたのか通じていないのか。直接攻撃を受けたわけでもないルカはなぜか転倒しており、あろうことか命よりも大切なはずのリュートを支えに立ち上がろうとしている最中であった。
「むん!」
大きな掛け声とともにベインドットがシールドバッシュでオークを壁に押し付ける。体重差は二倍ほどもあるが、火球を食らって体勢を崩した状態ならば。
尻餅をつきながら大盾と壁に挟まれて身動きが取れないオーク。その一瞬の空白に飛びついて喉元を噛みちぎったのは斥候のメレニーであった。全体重をかけて逆手に持った彼女の短剣が頸椎奥深くまで貫いたことで、何とか戦闘は終了したのだ。
「ルカ……ルカ!!」
「あ、ハイ」
「さっさとガルノッソを回復しろよ! ぼさっとしてんじゃねえ」
ギョームに怒鳴られてようやく彼は自分の仕事を思い出したようだった。慌ててガルノッソの元に駆け寄り、状態を確認してから回復魔法をかける。
幸いにも大きな怪我ではなかったようで、しばらくするとガルノッソも目を覚ました。ベインドットとメレニーは敵の波状攻撃がないか、周囲を警戒している。ここはまだ第三階層ではあるが、四階層、五階層となるとこのレベルの敵が複数現れることもあると聞く。
「ルカ……てめえ」
まだ自分の身体の状況を把握することに努めているガルノッソに代わり、彼の幼馴染であるギョームが怒りの色をあらわにした。しかしそんな彼を押し退けてメレニーがルカの前に出る。
「ね、ルカ。あんたやっぱり冒険者に向いてないよ」
ルカは視線を逸らす事しかできない。
彼もうすうす感じ取ってはいるのだ。魔力が弱い事ではない。何よりも問題なのはパニックを起こしてしまって冷静な対応ができないことなのだ。歌で味方を補助し、助ける
たとえ能力の低い者でも、いやいっそ無能な者でも冷静ささえ失わなければそれなりにやれることはある。だが今のルカの対応は「最悪」と言って差し支えないものであった。
「あたしは……あンたが心配なんだよ」
幼馴染ではあるものの、あまりルカと慣れ合うようなことはしないメレニー。そんな彼女が初めて見せる、彼を心配する表情。これにはルカの心も大きく揺らいだが……
「もういい。メレニー」
「ま、待ってガルノッソ。今説き伏せるから。今回の冒険は、悪いけどここまでってことで、な。もうこっから帰る足でギルドに退職届を書かせるから!」
「いいって言ってんだろが!!」
いくら何でも勝手なことを、とルカがメレニーに抗議しようとしたが、ガルノッソの言葉に遮られた。
「もう時間切れなんだよ」
今回の戦闘の件で一番キレているはずのガルノッソが怒りを押し殺してそう言う。
「行こうぜ。ダンジョンの奥によ」
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