第4話 プランB

「はぁ……」


 いったい何度目か。傍目に見ても最近のルカはため息が多い。その様子を見ていた彼の所属する冒険者パーティー『オニカマス』のリーダー、栗毛の青年ガルノッソは舌打ちをした。


「なんだ? 何がそんなに気にくわねえんだ」


「あっ、いや、そういうわけじゃ……」


 彼に指摘されてルカは初めて自分がため息をついていたことに気付いて否定した。確かにここ最近ずっと今後の身の振り方を考えて憂鬱になっていたルカであったが、実は今回のため息は意味が違ったのだ。


 ほんの数日前、初めて言葉を交わした冒険者のトップ、その中心メンバーであるヴェルニー達。彼らの気高さと、その意志に触れたことによる、心酔から来る憧れのため息であった。


 まるで恋を患う乙女のようなため息。ガルノッソは勘違いをしたようであったが、彼の心がすでにここにないという事においては同じであろう。


「てめえ、一仕事する前にため息とはいい御身分じゃねえか」


 ベネルトンの街からそう遠くないダンジョン。もともとはほんの小さな石碑が山道から少し離れたところにぽつんとおいてあった場所であったが、近年になってそのすぐ後ろに洞穴があり、しかも異界化(ダンジョン化)していることが発見された。


 つい最近ヴェルニー達が無法者ローグの排除をしたダンジョンでもあり、五階層より下は未だ未踏のダンジョンである。


「評判の悪いローグが駆除されて、今がチャンスなんだ。五階層以下の探索を始めて実行するのは俺達だ。ここで一気に名を売るぞ!」


「ほ、本気か? ガルノッソ、俺達はまだCランクの駆け出しだぞ?」


 ダンジョン探索とは聞いていたものの、未踏域への挑戦だとは聞いていなかったルカ。しかしその言葉を聞くとガルノッソは憤怒の形相になってルカの襟首を捩じ上げるように掴み、彼の後ろにある大木に体を押し付けた。


「寝ぼけたこと言ってんじゃねえ! あの『ゲンネスト』だってBランクの時にドラゴンを倒して一躍有名になったんだ! どっかで勝負しねえといけねえんだよ」


 勢いに圧倒される。彼は何をそんなに焦っているのか。最近は家業の方も軌道に乗ってきて、ようやく借金運転から解放されるめどもついてきたというところでそんな無理をする必要などあるのか。


 しかしルカは彼の気迫に押されて何も言い返すことが出来なかった。言い返すべき内容は思いついたのだが軽いパニック状態になってしまい、それを口に出すことは出来ず、せめてもの逃避として別の仲間に視線をやった。


 『オニカマス』の残りの三メンバーの内の一人、大柄で寡黙な戦士のベインドットはルカの視線に気づくと顔を逸らした。慎重な性格の彼ならば、とルカは思ったのだったが、どうやらこの件については黙認の様子である。


「だいたいさあ」


 ようやくガルノッソから解放され、咳き込みながら息を整えるルカに声をかけてきたのは術師のギョームであった。彼はガルノッソと古くからの友人であるらしく、共にルカの事をよく思っていないことは明らかであった。


「お前に決定権があると思ってんのかよ? うちがいつまでもCランクなんかにとどまってるそもそもの元凶がお前なのによ?」


 この発言にはさすがのルカもギョッとした。そう「匂わせる」事を何度も言われては来たものの、ここまで直接的に面と向かって言われたことは初めてであったからだ。


「『歌』で術を発動する吟遊詩人バードの回復魔法が本職クレリックに比べて効果が弱いのは知ってるぜ。でもな? お前戦闘中パニクってその回復すらろくにできねえじゃん? いる価値ある?」


 ここには自分の味方は誰もいないのか。進退窮まってルカはオニカマスの紅一点、彼の幼馴染でもある少女に助けを求める。


「め、メレニー、僕は……」


「いや、言いたくねンだけどさァ……」


 髪はベリーショートで、チューブトップを纏った胸も非常につつましやかで、少年のようであるが、れっきとした女性である。斥候を主な任務とする盗賊シーフは三白眼の目も相まって攻撃的な印象を受ける。しかし口は悪いが何かとルカの事を気にかけてくれていた。いや、少なくともこの時までは「そうに違いない」とルカは思っていた。彼女の事を。


「あンた、冒険者向いてないンじゃない? ギルドの酒場でリュートでも弾いてたら?」


 短剣の切っ先をいじり、視線を合わせずにメレニーはそう言い放った。もう、このパーティーに彼が頼れる人間はいなかったのだ。


「なんなら今からギルドに戻って、退職の手続きしてもいいんじゃない? あたし、付き合ってやるよ?」


「幼馴染もこう言ってるぜ? どうすんだよ」


 ガルノッソがまた詰めてくる。


(これは……アレだ。『やる気がないなら帰れ』って奴だな。知ってるぞ。ここで退いたらダメな奴だ)


 ルカは覚悟を決めた。


「行きましょう!! ガルノッソ! 今日僕達は、歴史に名を遺すんです!!」


「お、おう……」


 思わぬイキのいい返事にガルノッソは気圧された。


「おい、いいのかよ?」


 いまいち状況の把握できていないながらもダンジョンの入り口に向かい始めるガルノッソに、ギョームが小さく声をかける。


「ここで帰ってくれりゃ万々歳だったけど、なんか逆にやる気になってんぞ? バカなのか? あいつ」


 リュートを握りしめて一人ヤル気に燃えるルカを後目に、ベインドットとメレニーもガルノッソのところに集まってくる。


「メレニー、どういうことだ。『アイツは一人じゃ何にも出来ねえけど、あたしがついてってやるって言えば退職届を書くはずさ』とかなんとか、自信満々に言ってたくせに、全然話が違うじゃねえか!」


「いやぁ……その、あたし、もしかして……そんなに、あいつに信頼されてな……あれ……」


「泣くな! なんなんだよおめえは!!」


「どうする。ダンジョンに入るのか?」


 寡黙なベインドットも珍しく焦っている。ガルノッソは無言でダンジョンの入り口を見た。


 そう、ダンジョンは危険なのだ。待ち伏せる側が圧倒的に有利な空間。歴史に名を遺すような大発見、一生遊んで暮らせるような財宝、そんなものが見つかることもあるが、何も見つからないことの方が圧倒的に多い。ハイリスクハイリターンな一発勝負。


 消耗品と時間を無駄にするだけで終わるなら重畳。ほとんどの場合は何も見つからないまま損切りができずに潜り続け、最終的にダンジョンの肥やしになるのがオチなのだ。


「仕方ねえ、プランBだ」


 その言葉を聞いてメレニーの表情に困惑の色が浮かぶ。


「ダンジョンの深部で、あいつを始末する。自分から辞めねえってんならもうどうしようもねえ。文句は言わせねえぞメレニー。てめえが説得を失敗したのが悪いんだからな」

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