第3話 ナチュラルズ

「どしたんスか~? ルカさん、雑談掲示板なんか見ちゃって。もしかして今後の身の振り方でも考えてたり?」


 ルカがため息をつきながら冒険者ギルド内の雑談掲示板を見上げていると、ソバカス眼鏡におさげの髪の受付嬢、アンナがにこやかに話しかけてきた。だれにでも気さくに話しかける、陽気で評判のいい少女だ。


「いや……まあ」


「あ、アレ? マジに深刻な感じスか?」


 少女の笑顔が少しひきつるが、そこまで深刻な話ではない。「何かいい話がないかな」とぼうっと掲示板を眺めていただけである。しかし今後の身の振り方を考えていたのもまた事実。ぼやけさせて適当に濁そうと思ったら余計に深刻に受け止められてしまった。


「アンナ、少しいいかな?」


「あっ、ハイハイ」


 アンナが後ろから声をかけられて、ルカは何とも言い難い気まずい空気からようやく解放された。


「こないだの件、東のダンジョンに無法者ローグが住み着いてるって奴だけど……」


 しかしルカは気まずさからの解放よりも驚きの方が大きかった。アンネに声をかけたのはこの冒険者ギルド支部内でも最高位に位置するSランクパーティー『ゲンネスト』のリーダーであるヴェルニー・シュットだったからだ。


 甘いマスクに王子様のような柔らかい金色の短髪、圧倒的な戦闘能力と人をまとめるリーダーとしての資質を持ちながら、それを鼻にかけることもない柔らかな人柄。このベネルトンの町の冒険者ギルドで男女ともに『抱かれたいランキングナンバーワン』を独走する男である。


 Cランク冒険者に位置づけられるルカからすれば殿上人。遠くから眺めたことがあるだけの関係性。これほどの間近で会い、声を聴くのは初めてのこと。


「よ、容疑者は全員始末した……調査員オプの派遣を頼む」


 そのヴェルニーの陰に隠れていた男が口まで隠したマフラーの下でもごもごと話す。こちらも只者ではない。諜報や工作活動を得意とするAランクパーティー『黒鴉クロガラス』の構成員、スケロク。黒い総髪を後ろに流し、忍装束で身を包んだその姿はオオガラスを連想させる。


「全員始末って……一人も生存者はいないってことッスか? 調査、大変になるッスねえ」


「仕方ないよ。向こうも殺す気できたからね」


 二人の高身長の男に気を取られて気づくのが遅れたが、すぐそばには妖精ニンフのように美しい少女が立っていた。編み上げの美しい銀髪に長い耳の少女。


 傭兵や用心棒を主な仕事としている術法師の集まり、『ワンダーランドマジックショウ』の紅一点、『姫』と通称される、ギルド全体でも最も美しく、そして強大な魔力を有していると言われている女エルフのグローリエンである。


(なぜこの三人が一緒に行動を? 三つのグループには特に交友関係なんかなかったはず)


「じゃあ、オプの調査が終わり次第報酬の方はお渡しするッス。こういう割に合わない仕事してくれるのはホント助かるッス」


「まあ、誰かがやらなきゃいけないことだからね」


 漏れ聞こえてくる会話から、ルカもなんとなく話の流れを理解した。要はこの三人でダンジョンに潜り、ギルドから依頼の出ていた無法者の討伐をしたというのだ。


「あの……お三人は、友人なんですか?」


 しかしなぜこの三人なのか? たまたま居合わせただけ、本来ルカにはまるで関係のない事ではあるが、好奇心が勝った。いや、本当はギルドの中でも有名人の彼らに少しでもお近づきになりたいという下心もあったのかもしれない。


「……ああ、まあ、アレだよ」


 そう言ってヴェルニーはさっきまでルカが眺めていた雑談掲示板の方を指さす。依頼掲示板の方ではない。


「本業のパーティーの方じゃなくてね。あっちがオフの時に、同好会というか、趣味の集まりというか、そっちで知り合った二人とダンジョン関係の細かい仕事を気分転換に請け負ってるのさ」


「冒険者の仕事がオフの日にダンジョンの仕事で気分転換を……?」


 ルカは素直に驚いた。仕事の息抜きに仕事をする。トップランカーの冒険者というのはこういうものなのかと。言い訳ばかりしてろくに魔法の勉強もできていない自分とは全く次元が違うのだ。


「うふふ、まあ、冒険が好きで冒険者になってるからね」


 ころころと笑いながらグローリエンがそう言う。笑顔になると一層まぶしいほどに彼女の顔は輝く。そもそも種族が違うものの、自分とは全く違う生き物だと彼には感じられた。


「も、もしかして、求人を……?」


「あ、まあ、今のパーティーに行き詰まりを感じてて……」


 他の二人に比べると陰気で不気味な男、スケロクがそう尋ね、ルカは思わず正直に答えてしまい、すぐに後悔した。


 自分は何と迂闊な発言をしたのか。こんなことを言ったのが仲間にバレれば、何を言われるか分からない。


 冒険者ギルドは言うまでもなく冒険者の権利を守るために存在する。よってパーティー筆頭者の一方的な理由によってメンバーを解雇することができないというルールが存在する。そのルールによって彼の居場所も守られているのだが、「自分から辞めさせる」方法などいくらでもある。嫌がらせ、冷遇、そして最終手段としては、人の目の届かないダンジョンの奥深くで……という方法もある。


「も、もし行くところがないなら……『ナチュラルズ』に……あ、俺達の同好会に……」


「ちょ、ちょっとスケロク? うちは誰でも入れられるわけじゃないんだから! うちの趣旨に賛同できる同志じゃないと……」


 体中の毛穴が粟立ち、ドーパミンが噴出した。もしこの三人と一緒に冒険ができたなら、いったいどれほどの経験になろうか。一度の冒険が千日の修行にも値する貴重な時間。単純な憧れもある。ルカの体は興奮のあまり硬直した。


「その格好……吟遊詩人バードだね? もし回復魔法が使えるならぜひ欲しい人材だな。とはいっても、うちは本業の合間のスケジュールの空いた時にやってるだけだから、ナチュラルズを本業にすると君が困ることになると思うよ?」


「それでもいいです! 『ナチュラルズ』の趣旨って!? 教えてください!!」


 呪縛から解き放たれたようにようやく口を開くことができた。しかしヴェルニーはにっこりとほほ笑むだけで、人差し指を立てて、ルカの唇の前に置いた。


「その話はここではできない。もしも君が『仲間』なら、いずれダンジョンの中で会う時が来るかもね」


 ヴェルニー達はそう言ってその場を離れていく。


 ただ一人、ルカだけが熱に浮かされたように、真っ赤な顔でその場で呆けていた。

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