第2話 揺れる銀髪

 ここではないどこか、ヴァルモウエと呼ばれる大地。血の掟と鋼の教えが支配する世界。そんな場所で己の剣技と魔術で成り上がろうと足掻く若者達。それこそが「冒険者」である。


「お前らは……なんで、裸で……ダンジョンに……」


 剣士ヴェルニー、忍者のスケロク、エルフで術師のグローリエンもそんな冒険者であり、ダンジョンを根城にしている無法者ローグどもの情報を得て討伐に向かったパーティーである。他の冒険者と何の変りもないのだ。ただ二点、他に比べて頭一つ抜けた凄腕であることと、全裸であることを除けば。


 壁に昆虫標本の如く打ち付けられた無法者の術師は最後の言葉を残して力尽きた。


「お前の辞世の句、確かに聞き届けた」


「プふっ、辞世の句じゃねえだろ……確かに五七五だったけど」


 スケロクが噴き出すと残りの二人も笑いをこらえきれずに息を漏らした。


「それにしても、この術法師スペルキャスターの男、見覚えがある。確かBランク相当のパーティーの頭をやってた奴だ。裏でこんなことしていたとはな」


 ヴェルニーは男を貫いていた両手剣ツヴァイヘンダーを引き抜くと、床に転がった死体の顔を見ながらそう言った。同業者の成れの果てというものだ。


 ダンジョンの攻略は冒険者にとって主要な収入源の一つである。


大断絶を越えて別の大陸に生息する魔族が、人間の世界への進出の足掛かりとしてダンジョンを構える。するとそこでしか取れない素材や、珍しい生き物、財宝を求めて冒険者が探索に来るのだが、そんな冒険者を食い物にしてやろうという悪漢も当然いるのだ。特にダンジョンを知り尽くした上級者が。


 地の底で次元が歪められ、異界化したダンジョンは人の法の及ばない場所。仮に法が及んだとしても、狭く、モンスターも多いダンジョンには領主や王国の保持する軍隊は展開しにくい。


「さて、引き上げるとするか」


 ヴェルニーがそう声をかけると三人は部屋から出て、ダンジョンの出口に引き返していく。


 無法者には無法者を。これが最もスマートな解決方法なのだろう。三人は悠々とダンジョンの通路を闊歩する。身に着けているものは、武器と、ベルトで括り付けた荷物袋がいくつか、それに靴だけである。


 荷物袋がぶらりと揺れるのに合わせて、玉袋もぶらりと揺れる。だがそれを恥じ入るような仕草はまるで見受けられない。「当然である」と言わんばかりの自然体。


 甚だしくは、うら若き乙女であるグローリエンですらも、銀髪が風になびくのと同じように股間の銀髪も揺れるが、それを気にする素振りはない。


「この辺だったか? グローリエン、頼む」


「ちょっと待ってね」


 エルフの少女が杖の尻でコンコン、と床を叩くと、それに合わせて小ぶりな胸が揺れた。


「ありがとう、ノーム達。もう十分よ」


 そう言って荷物袋から取り出したパンをちぎっていくつか撒く。不思議なことにパンのかけらは床に達することなく、わずか数センチ浮いたところで静止した。いや、よくよく見れば何か小さな生き物がそれをキャッチしたのだ。


「キッ」

「ギキッ」


 二、三匹の醜悪な姿の小人がウサギのように跳ねて、パンのかけらを持ってどこかに消えていった。


 あとには、先ほどまではなかったはずの衣服や荷物がひと固めにまとめて置いてあった。


「精霊魔法か、便利なもんだな。さすがにこの格好で町までは戻れねえからな」


 スケロクがそうぼそりというと、三人は各々の衣服を取り出し、それを身に着け始める。ヴェルニーは布製のアンダーウェアに金属鎧、それとマントを。スケロクはいかにも忍者らしい黒装束にガントレット。グローリエンは下着をつけてから、ゆったりとしたローブを。三人ともいかにも冒険者といった風情である。先ほどまではただの変質者であった。


「じゃあ、またスケジュールが合う時があれば、な」


「そうねぇ~、でも本業の方もあるしね……」


「も、もう……こっちを本業にしたい……ッスね」


 衣服を着用すると先ほどまでの堂々とした態度とは打って変わってスケロクは声が小さくなった。くい、とマフラーを上げて顔の下半分を隠す。同一人物とは思えないほどの変わりようだ。


「まあ、その気持ちは分からんでもないけどね……」


 目を伏せて、マントの形を整えながらヴェルニーは応える。彼とグローリエンはスケロクほど衣服の有無で人格が豹変することはないようだ。


「少なくともダンジョンの外に出たら裸じゃとっ捕まるし……周りの理解も得られないだろうしね」


 力なく笑う。


 しばしの非日常。


 その終わりを示す朝日の光を浴びながら、三人は町へ。日常へと帰っていった。



――――――――――――――――



「はぁ……」


 冒険者ギルドの休憩スペースで吟遊詩人バードの少年ルカ・アッデは大きくため息をついた。そんな彼の肩をぽんと叩く者がいる。


「本当に、今後の進退も考えておけよ」


 栗色の毛の、少しきつそうな顔の青年が、それだけ言って去っていった。ルカ少年は何も応えず、ただ目を伏せて床を見つめるのみ。


「まさか本当に追放されるなんてこと……ないよな」


 彼は新進気鋭の若手冒険者グループ『オニカマス』のリーダーである栗毛の青年から、最後通告を受けたところであった。


 彼のパーティーでの主な役割は術師。それも特にヒーラーとしての能力を期待されていたが、しかし魔力は今一つ足りず、ケガの回復にも多くの時間を要する。ヒーラーの手はどこも足りず、不足しているからと言って慢心してはいないか。これ以上足を引っ張るようなら別の人材を探して、お前と入れ替える、と。


 要はこのままなら足手まといだから追放する、と言われているのだ。


「くそっ……」


 立ち上がってふらふらとギルドの建物内を歩きだす。


 正直そんな事を言われてもどうしようもない。能力の限界なのだ。魔力というものはほとんどの場合持って生まれたセンスで決まる。もちろん、過酷な修行を重ねた結果、爆発的に魔力が上がる人間というものもいるのだが、そんなのはレアケースであるし、そもそも日々の仕事に追われてそんなまとまった時間は取れない。


 何か、何か一発逆転の目でもないものか。そう考えて彼は掲示板の前に立った。


 依頼を貼りだしている掲示板ではない。ギルド内にはもう一つ、冒険者同士が伝言を残すための雑談掲示板がある。


 貼りだされているのは本当に雑多な内容。行方不明になった仲間の情報だとか、アイテム交換の依頼だとか。そんな中で彼が探しているのは同好サークルの募集であった。


 冒険とは直接関係ない、盤上遊戯の集まりだとか、お茶を嗜む人たちの集まりだとか。戦闘技術を高めるために訓練相手の募集なんてものもある。


 そんなものの中に魔術の修行仲間を集めるようなものがないかと思いついたのだが、やはりそんな都合のいい物はなかった。だれかいい師にでも巡り会えれば、足しになるかもしれないと思ったのだが。


 あきらめて彼は今度はヒーラー募集の求人情報を探す。ヒーラーは引く手数多あまたではあるものの、移籍先が前よりもいい環境とは限らない。いや、悪いことの方が多い。所詮はヤクザな稼業で身を振る者の集まりなのだから。


 それ以前に、自分の回復魔法が弱い事実は変わらないのだ。移籍した先でも、結局同じことになるだけなのだ。


 ルカは再び大きなため息をついた。

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