ようこそ!冒険者ギルド全裸ダンジョン部へ

@geckodoh

第1話 闇に蠢く者

 空気は淀み、腐臭をはらんでいた。


 地底の洞窟の場合、多くの場合室温は一年を通して二十度弱の肌寒い気温が保たれているが、そんな自然の鍾乳洞と、のいるダンジョンというものは気温、湿度が同じでも、その空気は全く質を異にする。


 光を必要としない大人しい生き物が少数生息しているだけの鍾乳洞とは違う、暴力が肉をまとってエサを探し回る、そんな化け物モンスターが徘徊する場所。


 そしてそんなモンスターすらも狩りの対象とする、人目なくば切り剥ぎもつねならんとする、冒険者と呼ばれる無法者が闊歩する場所。


 要は、空気が纏う、血と、暴力の量が違うのだ。自然の洞窟とは。


 三人組の男女の先頭にいた金髪の男はおおよそ斯様な狭い洞窟の中で振り回せるとは思えない巨大なツヴァイヘンダー両手剣を担いでいた。


「ここだな、スケロク」


 通路の奥にある朽ち果てたかのように錆びだらけの金属製の扉を前に、ささやくような小さな声で後ろの二人に声をかける。


「ああ。情報通りだ。ヴェルニーは下がっていてくれ。罠が仕掛けてあるかもしれん」


 ヴェルニーと呼ばれたツヴァイヘンダーの男は静かに後ろに下がり、一番後ろにいた耳の長い少女の肩にぽんと手を置いて耳打ちする。


「グローリエン、後ろに下がって、いざという時のために詠唱の準備を」


「詠唱……何を? 目くらましでいいかしら」


 鈴のなるような声とはこのようなものを言うのだろう。細身ではあるものの大柄な二人の男と比べて、華奢で頼りない体格の少女。木製のスタッフを持っていることから、おそらくは術師であろう。


 見かけの年齢は十四、五歳といったところであるが、長い耳の特徴からも分かる通り長命種のエルフである彼女からは二人の年嵩に見える男たちに対しても恐縮したところはない。静かに呼吸を整え、杖を前に構えて集中する。


 一方スケロクと呼ばれた男、黒髪を後ろに流した切れ長の目の男は二人が下がったことを確認すると、腰の道具袋から鍵開けの道具を取り出してしゃがみ、扉の開錠の準備に入った。無駄な肉の一切ない鍛えこまれた体は、しなやかな孟宗竹を連想させる。


「ん?」


 しかしスケロクが扉の鍵穴にピッキングツールを合わせようとした瞬間、奇妙な違和感に気づいた。


 ドアノブだと思っていたものは、ではなかった。ツールごと、スケロクの手をがしりと掴んだのだ。ドアノブが。


「ぶふーっ、ぶふーっ」


 扉だと思ったものは扉ではなかった。通路いっぱいに身をかがめた男がをしており、ドアノブだと思ったものはその男の手首であった。両眼を鉄板と鋲で封じられており、口は麻糸で縫われている異様な風体の大男。口の端からはおびただしい量の唾液が分泌されている。


 ダンジョン内はグローリエンの魔法による永続光コンティニュアスライトと、その光を反射するヒカリゴケで薄暗くも光りを保っている。人を扉だなどと思う間違いがあろうものか。何か特殊な技術を使って擬態していたのだ。それが魔法なのかスキルなのかは分からないが、そんなことは詮無き事。


 重要なのは今、スケロクが右手を掴まれて封じられた状態で、無防備に敵の前に立っているということなのだ。


「んむーっ!!」


 人か魔かも定かでない大男が拳を振りかぶり、そのスケロクの上半身ほどもある太さの前腕が振り下ろされた。着弾の衝撃で砂塵が巻き上がり、通路の岩が粉々に砕け散る。スケロクも肉片となって飛び散ったかと思われたが……


「のろすぎるな……」


 ほんの二メートルほど下がった位置にスケロクは無傷で立っていた。切り離されていた大男の手首から先は、彼の右手を掴んだままだったが、やがて力を失いぼとりと地に落ちる。


 そしてほんの一秒後、大男は頸部から血を噴き出して息絶えた。手首から先を奪われたことも、離れ際に頸動脈を切断されたことも、大男がそれに気づいたのは自身の死の瞬間であった。


 そして大男が倒れこむのと同時に、そのむくろを飛び越えてヴェルニーが小部屋に侵入する。扉があることを前提に目くらましの呪文を唱えようとしていたグローリエンは詠唱を変更する。


 ダンジョン内では、「待ち伏せ」する側が圧倒的に有利である。


 侵入者の足音も、話し声も、明かりも。その全てが「狩ってください」と言わんばかりの主張にしか見えない。よほど油断してでもいない限り、その有利、不利が覆ることなどないのだ。


 しかし剣士ヴェルニーはそんな定石を無視して、部屋の広さも、そこに何人の敵が潜んでいるのかも分からないままに突入を敢行した。


 最初の段取りではスケロクがカギを開けたのち、扉の外から目くらましの魔法を放り入れ、有利な状態を作って突入するつもりであったが、それが失敗したとみるや速攻こそが最善と踏んだのである。


 薄暗がりの中で、なにかが激しく煌めき、なにかが弾け飛んだ。


 ヴェルニーが巨大なツヴァイヘンダー両手剣を使うのは、決して伊達や見栄ではない。


 では狭い場所の多いダンジョンで自分の身長よりも大きな両手剣を果たして使いこなすことなどできるのだろうか。


 彼においては、おそらくそれは愚問であろう。


 ただ振りかぶって、切り落とすだけではない。廻し、突き、受ける。まるで複数の武器を使い分けているかのようにくるくると大剣の動きと役割が変わる。


 彼の持っているツヴァイヘンダーはまず柄の部分は悠々と両手で握って余りある長さがある。その先はクロスガードと呼ばれる長手に対して交差方向の大きな十字鍔が両側に飛び出しているが、その先がすぐに刃になっているわけではない。


 鍔の先も片手で握れる程度の長さが柄になっており、その先に小さな突起があり、二重鍔のような構造になっているのだ。そしてその突起の先が刃になっている。


 この形状を利用して、ただ振り下ろすだけでなく、槍のように突き、薙ぎ払い、杖術のように回転させて打ち、変幻自在に持ち手を変えながら戦うことで周囲の状況に合わせた使い方を実現できるのである。


 まさに獅子奮迅というべきものであった。飛び込んだ直後部屋の広さを確認したヴェルニーはまずツヴァイヘンダーを最大限伸ばして大きく横薙ぎに回転切り、この一閃で三人の首が飛んだ。


 部屋の中にいたのは八人。冒険者崩れの荒くれもの。うち一人は獣人コボルト、一人はクレイゴーレムであり、それを操るエンチャンターが一人。術法師スペルキャスターが一人。残り一人は近接戦闘戦士ファイター。残りの三人はすでにたおれている。


 まず真っ先に反応したのは獣の俊敏さを備えたコボルトであった。短い曲刀で最速の斬撃を仕掛けてくる。クロスガードの前後でツヴァイヘンダーを把持していたヴェルニーは柄頭で刃を打ち払い、そのまま流れるように今度はその柄を自分側に引く。するとシーソーのように剣先が獣人の胸元に深く振り下ろされた。


「むん!!」


 ここまでの流れるような動きはほとんど一挙動であったし、それを目で追えた者もいなかった。そしてそこから続く動きについても同様であった。まったく切れ目なくさらに横薙ぎの剣を振るう。標的は生かしておけば後々面倒な術師二人。


 エンチャンターは慌ててクレイゴーレムを前に出して身を守ろうとしたが、ヴェルニーの大剣はゴーレムごとエンチャンターの胴を真っ二つに両断した。


「てめえらなにもんだ! なんなんだ一体!?」


 完全にパニックを起こしている。おそらくはヴェルニー達三人の気配を感じ取って待ち伏せしていたであろうにもかかわらず、土壇場に及んで意味のない質問を吐き捨てるように投げかけてくるのだ。


 ゴーレムとエンチャンターが両断されている間に距離を取って攻撃魔法を仕掛けようとした術法師はヴェルニーがやり投げのように放った大剣によって壁に串刺しにされて詠唱を中断された。


「なにもんなんだよぉッ!!」


 最後の一人が唾を飛ばしながら丸腰となったヴェルニーに切りかかってくる。しかしその件を振り下ろす間もなく彼の拳が人中を捉え、あえなく糸の切れた操り人形の如く地に伏した。


「私の出番、無かったわね」


 ほんの数秒で鎮静化した部屋の中に、エルフの少女、グローリエンが入ってきてぼそりと呟く。


「な……なんで……」


 どうやらまだ一人、息のある者がいたようだ。昆虫採集のように壁に縫い留められている術師が最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。


「なんで……裸なんだよ」

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