1999年 4月 ④

 まどかから、視線を転じた先で考える。

 おとなになっていく自分が怖かった。もうしばらくまえから、急に背が伸び始めたあたりから。

 中学生や高校生になるのも、ましてや「大学」などという得体のしれないところに通うようになるだろうことも、とても怖い。


 どうして、ずっとこのまんまでいさせてくれないんだろう。どうして、なにも足りないものはないのに、より多くを求めるように成長してしまうんだろう。踏ん張っても追い風に押しやられて進んでしまうような、急な坂道でブレーキが効かないような。自分の人生ゲームをだれかが勝手に進めているように、止められない足取りで。


 ときどき、自分がとてもいびつな生きものになった気がするのだ。心や魂を伴わず、手足だけが伸びていく滑稽でぶきみな生きもの。

 ……こんなこと、ちぐさにでさえ言えやしない。


 けれど、とあづみは思う。

 大雨がぜんぶを止めてくれる。終焉の雨のなかで、あづみはずっと子どものままでいられる。


「あづみくん、どしたのー?」

 まどかが顔をのぞきこんでくる。艶のある肩までの髪が春の光を受けてさらりと目の前で揺れた。

「ちぐさとわたしはさきに食べちゃったんだけど、キッチンのテーブルにミスド買ってきてあるよ。好きなのひとつ、持っておいで」

「うん、ありがとう」

 まどかににっこりしてみせると、あづみはドーナツを取りに階下にむかった。たくさん買ったのか、箱に入っている。開けてみたら、好物のエンゼルフレンチが残っていたので嬉しくなった。

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