1999年 2月 ②

 弟のあたたかい額を腕に感じながら、ちぐさは紙の上に指をすべらせた。

「いいかー、ここがキッチンな。で、リビングはこっち」

「それじゃあ、普通の家と変わんない……」

 あづみの不満と不安をたたえた指摘に、ちぐさは「見る目があまいなあ」と弟の額を人差し指でつっついた。

「まえ、太陽光発電パネルのエンジンの話をしただろ。それにデッキに操舵室がある」

「……そうだしつ?」

「船の操縦をする部屋のこと」

 ちぐさの指が、とんとん軽く設計図の表面を叩いた。

 会話を振り返り、あづみはちいさく首をかしげた。

「操縦って……だれが操縦するの?」

 訊ねると、兄は笑って答える。

「昼はおまえに任せるよ。夜は俺。おまえは寝てな」

「うわぁ、ちぐさはくらーい夜だから大変だね」

「まあなぁ、でも、大抵のものは沈んでるわけだし」


 ぼんやりと、あづみの脳内で終焉の風景は色を濃くした。

 きっと、東京の都心のビル群と東京タワーのほかにはなにもないのだ。夜には水面に星々がまたたき、昼には跳ねる反射光でまばゆい世界。

 そのなかを、しずかにしずかに進んで行く船。魚が釣れるだろうか。水は塩辛いのだろうか。

 もうすぐあづみが見る世界。目を細めると、心を読んだようにちぐさが「すぐだよ」と言った。


「ちぐさ、どこに行きたい?」

「……いろんなところに行けたらいいよな」


 ファンヒーターがふぉんふぉんと温風を吐き出している。ヒーターに足の裏をむけて隣どうしでごろごろしながら、きょうだいの会話はつづく。

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