1999年 2月 ①
ちぐさはそこそこ名の通った合格を決めた。いつの間に勉強をがんばっていたのやら、あづみには見当もつかない。両親はたいそう喜んで、合格祝いに《ちょっと普段は行かないすこし高級っぽい料亭》に行く運びとなった。
あづみも、きちんとした格好をしなさいと言われ、熟考の末にいちばんのお気に入りのセーターとズボンに着替えた。リビングにおりると、母親が苦笑いする。
「あーちゃん、そのぼろぼろのお洋服でごはんを食べに行くつもりなの?」
「だって、きちんとしてるでしょう?これ」
「あなたのお気に入りってだけねえ……」
ちぐさが声を出さずに爆笑している。ちょっと睨むと、両手をあわせるが、その笑いは止まらない。
結局、あづみは紺色のブレザーというきちんとした身なりに着替えさせられた。間接照明が柔らかに照らす見慣れないテーブルで、立派な膳をつつく。
「あーちゃん、あんまりこぼさないでね」と母親が5分にいちどは指摘してくるため、もじもじと居心地悪く食事を終えた。
ちぐさは幼いころから食べかたがきれいだ、いっぽうのあづみはいい加減、といつも言われてしまう。あづみの箸は口に届くまえにぽろぽろとご飯粒やら魚の身やらをそこらじゅうに落としてしまうから。
けれど、あづみに言わせればなんでも食べられるあづみとはちがい、ちぐさにはこまごました好き嫌いがけっこうある。高校生(もう大学生?)のくせに。
大学受験が無事終わったちぐさは、あづみの落書き帳にボートの設計図を書いてくれた。補助線やら長さ単位の数字やらが添えられた本格的なものだ。わくわくして、あづみはちぐさの腕に額をくっつけるようにしてスケッチを眺める。
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