1998年 12月 31日
「はじまりました、世界最後のゆく年くる年!」
一緒にテレビを見ている両親に聞こえないようにだろう、あづみの耳もとでちぐさがささやいた。
うん、と頷いて画面をながめていたけれど、思わず知らずうつらうつらと船を漕いでしまう。最前までの歌番組のかしましさとこの番組の静謐さのギャップに、あづみはいまのところついていけたためしがない。正直な感想としてはつまらない。
「……あづみ、あーづーみ、見ておけって、最後だぞ」
「眠い」
「おまえ、途中のニュースのときにお夜寝したじゃん……」
「ねむーい」
あづみをあぐらのうえに抱いているちぐさは肩をふるわせると、母親に「あづみが眠いって」と可笑しそうに言う。
母親は「初詣で外に出れば、あーちゃんも目がぱっちり覚めるわよ」と言いながら、あづみのコートを持ってきた。お気に入りのボタンを留めている途中で急にぱちんと目が覚める。
大晦日の夜は「なんだかものすごく特別」だ。いつもは夕方6時に家に帰っていないと叱られるのに、街灯だけがぽつりぽつりと頼りなくともるなかを、歩いて15分ほどのちいさな神社まで行くのだ。
あの鐘特集のような番組は眠気を呼ぶだけだけれど、除夜の鐘の音があづみはきらいではない。見あげる星までも、鐘の音色にりんりんと小さく震えている気がした。
「ちぐさ」
隣を歩く兄に呼びかけた。
「なんだよ」
「大雨がふったあとの夜って、このくらい真っ暗になっちゃうのかな」あづみが空を見あげながら言うと、「いーや」と返事が返ってきた。笑いながら、兄は「そうだなあ」という。
「大雨のあとは水面にも星が映るだろ、だからいまいる夜の2倍は明るい」
「大雨って?」母親が軽く問う。「ううん、なーんでも」あづみに倣ったのか、空を見上げて兄が答えた。
あづみは兄のジャンパーの裾をぎゅうっと握りしめた。そうしないと、得体の知れないものに流されてしまいそうな気がしたのだ。
いま、ちぐさが見上げている空。そこから降り続ける雨に呑まれて、あづみたち家族を残し、世界は終わる。あと7ヶ月。
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