1998年 10月①

「ねぇちぐさ。予言の話をすると、みんな宇宙人とか隕石衝突とかありえないことを言うんだよね。で、僕をばかにして幼稚だって言う」

 夕暮れの居間であづみは顔をしかめて兄を見あげ、「世界は大雨で滅びるのに」と肩をすくめた。だいだい色の夕焼けが、きょうだいの影を床に投げている。物理の参考書に視線を落としたまま、ちぐさはあづみの言葉に同調してみせた。

「そもそもだな、おまえの友達は隕石がなにかとかをわかってないだろうなぁ」

「隕石は、石とか岩でしょう?」

「ちょっと違うんだなぁ。流星が燃え残ったのが隕石。流れ星の燃えかすだな」

「ふうん、ちぐさは物知りだねえ」

 こんなとき、得体の知れない不安にかられる。ちぐさはたくさんのことを知っていて、大人で、でも自分はそうはなれそうもなくて。早く早くと後ろでなにかがあづみを急かす。でもなにをどう早くしろとだれに急かされているのかがわからない。

 でも、とぐらぐら揺れる自分に言い聞かせる。ちぐさ程度にはものの理をわかっていないと、やってくる終焉の水に対抗できる筏なんてつくれっこないんだ。


 にこにことちぐさに視線をやった。顔に翳りが落ちている。あづみの眼差しに気づくと、「物知りじゃねえよ」と振りはらうように言う。

「おとなの望む『こども』をやめかける歳になるころには、いろんなことをいやでも知らなきゃいけないの」

 つぶやくような声の調子とすこし暗い表情に、あづみは悲しくなってしまう。でもうらやましい。

「ちぐさはもう、こどもじゃないの?いいなあ、僕も早くおとなになっていろんなことが知りたい」

「そうかい」

 と、ちぐさが悲しい顔のままで笑った。

「あのな、あづみ。そういうふうに思えなくなった時点で、人間ってやつはおとななんだよ」

 ちぐさの言うことはときどきほんとうにわからない。……という顔をあづみがしていたのだろう。ちぐさはひとつ瞬きをして表情を明るくした。

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