1998年 7月 ①

「……そうして地球からは、大地にあふれる水のせいで生きものがいなくなりました」

 自らの終焉シナリオを語り終えた10歳の弟に、加科ちぐさは「あづみの、そのくらーい終末思想はどこからくるのかな。まだ小学生のくせに」と言った。

「だいたいさ、おまえはむかつかないの。俺に言わせりゃ、ノストラダムスとかまじでなに考えてんの?って感じだよ。この世の終わりを予知してもさ、だったら黙って墓まで持ってけやって話じゃね?」

 あづみは少しだけ考え、「死んだ人にむかついても仕方ないし」と返す。兄は黙って、ゆっくり一回まばたきを落とした。

 ひらかれた窓の外の騒々しいせみの声や、隣家でつけっぱなしの高校野球の金管演奏、台所の入り口の長暖簾をぬるい風がたどっていく。

「ちぐさは、来年の7月がこわい?」

「どうだかね……。俺さあ、ことし大学受験じゃん?ちゃちゃっと受かっても、たったの3ヶ月しか大学生活を謳歌できない可能性がなきにしもあらずってのが、こわくはないけどまぁ、むなしいね」


 ちぐさは足の指でテレビのリモコンを器用に操作し、録画された「終末預言の真偽はいかほど」をあつかうバラエティ番組を消した。あづみはとくに文句を言うでもない。この録画をみるのは7回目だ。


「ちぐさは、だから勉強しないの?」

 兄はため息をつき、両手で顔を覆う。

「おまえなぁー、かーちゃんと同じことを言ってくれるなよ。まだちびのくせに」

 あづみは情けない兄を指さして、「おい、高校生。小学生をなめてかかるな」と言った。顔から手を離した高校生はふくれっ面の小学生の頭をなぜた。がんこで邪気のない弟の、幼くて透明な目に視線をあわせる。

「あづみの予想どおりになるんだったらな、お兄さんがおまえだけは助かるようにボートをつくってやるよ」

「じゃあ、そのボートにちぐさも乗る?」

「俺は」

 澄み切ったまなざしから目を逸らした兄は、ことばを切った。漂った沈黙に「なに?」とあづみは先をうながす。

 ちぐさは「なんでもない」と少し笑った。

「それよりおまえ、風呂浴びてこい。夏休みに入ってから外遊びばっかりで、毎日すげえ汗くさいぞ」

 流されたようで、いい気はしない。はいはい、と返事をして立ち上がった。兄の手が、かるく尻をたたいた。

「あーちゃん、お風呂入るの?設定温度に気をつけてね」

 台所にいる母親の声が飛ぶ。

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