やわらかな雫がこの世に降れば
なぎさ
プロローグ
ちぐさを思い出すたび、音が鳴る。からからと頼りない空洞の音が聞こえる。眠れない夜を、連れてくる音。
ノストラダムスの大予言がまるでたちの悪い感染症(罹りやすく、対策困難で治りにくい)みたいに蔓延していたころ。加科あづみには、はっきりとした終焉の光景があった。灰色のカタストロフィのにおいや音。あまりにも明瞭な、死に絶える世界。
隕石衝突でも宇宙人襲来でもなく、あづみにとっての終焉はいちめんの水だった。
原初の地球に降りそそいだ雨のように降り止まない水がすべてを沈めたあと、曇り空を映して静まり返る水面。まるで何百何千年もまえから、そうだったように。1999年のあけない梅雨、はじめの状態に戻る地球が、あづみの描く終焉だった。
いまから思えば、ばかばかしいほど稚拙な光景を、それでもあづみはいつくしむ。通学電車のなかで、あるいは退屈な授業のあいだに。さざめきを眺めながら、空洞の音を聞く。
透明に沈む、ゆらゆらした記憶のなかから声がする。ちぐさの軽やかな声が言う。ボートを作ってやるよ。めがねをかけた横顔も、眠りの淵にいるあづみを抱き上げては重いという声も、頭に触れる手のひらも、思い出すまでもなく、あづみのそばにあるのに。
ちぐさ。お願いだからおしえて。どこにいるの、どこから見ているの。
くりかえし、あづみの語った水の話を聞いてくれた唯一の人はもういない。そのときからあづみはやまない雨のなかにいる。1999年7月、11歳だった。
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