第6話波乱だらけの自己紹介


俺とひよりは掲示板でクラスを確認した後、靴を履き替え、2組の教室へ向かう為に階段を登る。

その道中、俺は思わず愚痴を言ってしまう。


「クラス発表を掲示板じゃなくて、端末に送信してくれたら楽だったのに。

それだったら、わざわざあんな人混みの中に行かなくて済んだんだがな……」


「翔真さんは人混み嫌いですものね。

あれは煌星学園の伝統みたいですよ」


「なんだよ、その無駄な伝統……」


内心で無駄な伝統に悪態をついていると、教室に辿り着く。

2組の教室内は騒がしいが、下品な笑い声などは聞こえず、

エリート校と言う事もあり、そこら辺のマナーはしっかり学んできてるんだなと、少し感心する。

これなら、うざ絡みしてくる面倒なヤツは居なさそうだ。


そんな思いで、扉を開けると、先までの喧騒が一瞬で止み、教室内を静寂が満たす。


一瞬、疑問に思ったが、俺の隣で立っているひよりの事を思い出した。


そりゃあ、教室にいきなり大女優が入ってきたら、ビックリして声も出ないよな……


静寂が暫く続いていたが、一人の生徒が声を漏らすと、それを皮切りに次第に声が上がり、先ほどの喧騒が比べ物にならないぐらいの歓声に変わる。


「マジか…生の芦屋ひよりじゃん!」

「うぉー、芦屋ひよりと同じクラスだぜー!」

「キャー、ひより様。」

「顔小っさ、スタイルやば!」

「本物だ…サイン貰えないかな」

「思い残すことはもうない……」


阿鼻叫喚だった……最後のヤツはもうちょい頑張れ。

マナーをしっかり身に付けていると思ったのたが……

俺の感心を返せ。


「おはようございます。

皆さんと同じ1年2組で共に学びます芦屋ひよりです。

よろしくお願いします。」


「よろしくー」

「ひより様。よろしくお願いします!」

「こちらこそー」



「一緒に頑張っていきましょうね」


「ウォォォー!」


男子、五月蝿すぎるだろ……なんで雄叫びなんだよ……


だが、流石ひよりだな。

知名度や容姿によるハロー効果を利用して、いきなりクラスの中心人物に食い込んだ手腕もそうだが、

一瞬でクラスの心を鷲掴みにした話術も上手いな……

「同じ」、「共に」、「一緒に」か…共感を促すフレーズを多く選んでやがる……

人は共感を求めやすい生き物だから効果は見ての通りだ。

ひよりはこれでクラスの8割は掌握したみたいだし、

今後大きな失態をしない限り、このクラスでの地位は磐石そうだな


クラスの奴等がひよりに群がってると、扉を開く音がした。

そして恐らく教師であろう眼鏡を掛けた利発そうな女性が入ってくる。


「全員席に着け。ホームルームを始める。」


よく通る声で教師が呼び掛けると、各々席に置かれたネームプレートのもとへ着席し、教師に注目する。


「私が2組の担任になった 立花 夏凛 だ。1年間よろしく頼む」


話し方もそうだが身嗜みも隙がなく、見た目通り厳しい教師って感じだな。

よし! 敬意を込めて立花女史と呼ばせてもらおう。


「知ってる生徒もいるとは思うが、まずは本校の資料を配る。前から後ろにまわしてくれ」

「10分やる。資料をしっかり読み内容を理解しろ。

質問は10分後に受け付ける。」


配られた資料をざっと読んでみたが、ほとんどひよりの言ってた内容と同じだな……

たが思ったよりも基礎教科が少ない。

国語、数学、英語、体育以外は選択式とはかなり思いきってる。

他所の高校でも取り扱ってる科目は、ポイント消費なしで受講出来て、

専門的な科目はピンきりだけどポイントがいるみたいだな。

ようは、俺みたいに今のところやることがない生徒はポイント消費のない授業を受けて、やることが決まってるヤツはポイントを使用してでも専門的な事を学ぶ感じか


この学校のシステムで一番面白いのは、生徒が教師になれる場合だな。

専門性の高い科目は、生徒が教師を勤め、他の生徒が受講する為に支払ったポイントが教師役の生徒に入るシステムか。塾講師のアルバイトに近い感じだな……


間違った事を教えないように一応監視役の先生はいるみたいだけど、ある意味良くできてる。

ただ、教師役の生徒の知名度や説得力がないと、生徒は集まらないなこりゃ……


「10分が経過したので、質問の時間に入る」

「質問がある生徒は挙手を」


「はい!」


「芦屋。」


ひよりが指名され、立ち上がり質問をする。


「プリメイラ エストレーラの選出方法と選出される方を教えて下さい。」


「ふむ、良い質問だ。

資料にも書いてる通り、プリメイラ エストレーラとは、

学期末に各学年ごと、もっとも輝いた生徒を選ぶものだ。

選出方法は多岐に渡るので大まかになるが、

学内は勿論、学外を含む実績、1年間の成長度合い、煌星学園のトップとして相応しいか等が上げられる。」

「選出する者は担任と学年主任と理事長が最終的には決める。

ただ、普段の生活態度のチェックとして、他の先生方や同じ生徒、アルバイト先の雇い主の評価も加味する。」


「お答え頂き、ありがとうございます。」


「他に質問は?」


他に何人か質問したが、資料に載ってる内容とよく考えたら分かる内容だったので、割愛する。


「質問はもうないな。では次に自己紹介に移る。」

「そうだな、内容をこちらで決めるから、それに沿ってくれ。

内容は、氏名、趣味または得意な事、なぜこの学校に入ったのかだ。

ただ、これはテンプレートにすぎない。言いたい事がある奴は好きにやってくれ」

「順番は……ありきたりだが、出席番号順で芦屋から頼む」


おいおい、自己紹介とかマジか……

勘弁してくれ! こっちはここ数年間ひより以外とまともに話してないぞ。

先の夫婦喧嘩みたいに、正論をぶちかますぐらいは出来るが、長年引きこもってた俺が、自分の事を話すなんて難易度高いぞ


俺が自己紹介でやらかして、『事後』紹介になったり、

炎上して自己『消火』になっても、俺は全然構わないが、俺を推薦してくれたひよりの顔に泥を塗るのは容認できん。


さてどうするか……

先からくだらないダジャレが出てくるぐらい、テンパってるけど、脳の回転スピードは絶好調だ。

これだけ考えても、立花女史に当てられたひよりが、まだ自己紹介を始めてないぞ


脳の回転スピードが早くても、益体の無いことを考えてたら意味ないよな…と思っていると、ひよりが口を開く


「では、僭越ながら…トップバッターを任されました

芦屋 ひより と申します。

趣味はお料理で、得意なことはモノマネです。

この学校で成したい事は、様々な知識や経験を身に付け、演技の幅を増やすのも勿論ですが、今後は演技以外の仕事も考えています。

そして、プリメイラ エストレーラに輝く事をここで宣言します。

折角一緒のクラスになれたので、仲良くしてくださいね」


「ウォォォー!!!」

「キャー! こちらこそ仲良くしてください!」


ひよりの奴、プリメイラ エストレーラを目指すのか……

向上心の鬼であるアイツらしいけど、『宣言します』か…自信満々かよ


ひよりを絶賛してた声が収まったのにも関わらず、

再度、教室がザワザワとざわめく

なぜなら、自己紹介が終わったひよりが着席してないのだ…


「芦屋。終わったなら着席だ」


立花女史に言われ、座ると思いきや、俺の方に目を合わせて再度口を開く


「最後に一つ伝えそびれました……」


ひよりと目が合った瞬間、俺の頭の中では警報が鳴りっぱなしだったが、

ひよりが口を開いた時、それが確信に変わった。

俺の平穏な学校生活がここで詰むと……


「私は特別推薦枠で、あちらの鷹取翔真さんを推薦しています。

彼と私は幼馴染みみたいな関係で、1年ほど一緒に住んでいました。

彼は凄い方なので皆さんも困ったことがあれば、彼に頼むと解決してくれるかもしれません。

自己紹介が長くなってしまいましたが、是非、彼の事を紹介したいと思い、お時間頂きました。

私の自己紹介は以上です。ありがとうございました。」




教室内の音が全て消えた。

だか、無数の視線が俺に降り注ぎ、言葉はないはずなのに、視線の中に含まれた罵詈雑言を聞いた……



暫く無音が続き、まさに針の筵状態だったが、

そんな俺を救ってくれたのは、立花女史だった


「オホン! では次、ボードレール」


「ハイ、ワタシ、アリシア・ボードレール デス。

シュミハ、ジャパニーズアニメデス。

コノガッコウデ、ナシタイコト?

ワタシ、ジャパニーズカルチャー ダイスキデース。

ワタシノコキョウノフランス二、ジャパニーズカルチャー ツタエタイデース!」


よし! 2人目のボードレールのインパクトが強くて、

先のひよりの爆弾発言がちょっと薄れたな


「では次、魚住」


「インパクト強い2人の後で、言うのはハードル高いねん……

俺の名前は 魚住 健吾うおずみ けんごや。

趣味は情報収集、特技は誰とでも仲良くなれることや。

この学校には一流のジャーナリストになる為に来たんや。

ここには取材しがいのある人がわんさかいるからの。

あと、この学校新聞部無いみたいやから、新しくつくるつもりや。興味ある人はええ条件で迎えるで。」


コイツも大概インパクト強いぞ。

これぐらいじゃないと煌星に来れないってわけか……


「では次、神楽坂」


ここから自己紹介が続くが、全員がインパクト強いわけではなく、少しホッとした。

ただ、夙川と言う女だけは、かなりインパクトが強かった。

なんせ、あのひよりに喧嘩を吹っ掛けたからな……


「私は夙川 雛乃しゅくがわ ひなの 女優よ。

そして、芦屋ひよりから主演を奪うわ。

趣味はピアノ、特技はもちろん演技。

私はプリメイラ エストレーラになるわ。

芦屋ひよりなんかに負けない。

あと、芦屋ひよりの取り巻きになった雑魚どもは、話しかけないでくれる。負け犬が移るから。」


「………………」


本日3度目の静寂、ありがとうございます!

俺の心の中では拍手喝采で夙川の株がうなぎ登りだ。

いやー、俺に向けられてたヘイトが全部この女に向かったぞ。俺はお前の事を応援するぜ。


「……次、周防」


夙川の次の周防君が、かなり可哀想だったな……

夙川のヘイトが高過ぎて、自己紹介終わったのに拍手

全然もらえなかったぞ……


いや、そんな事を考えてる場合じゃねえぞ…周防って事は、

そろそろ俺の番が回ってくるじゃん……


「では次、鷹取」


ヤベェなんも思い付かん……

俺の名前が呼ばれた事で、夙川に向いてたヘイトがまたこっちに戻ってきたし…夙川ヘイト管理甘いぞ!


ふぅ、腹括るか……ひよりやらかしたらゴメン!


「あー、俺の名前は鷹取 翔真だ。

趣味は…寝ること?、特技は…なんだろ?大体何でも出来ることか?

この学校でやりたい事だっけ…特にないんだが……」


これでこっそり自己紹介を終えようとすると、ひよりと目が合う。

まるで母親が子供の成長を見守るような感じで、

アイツは俺の事を生暖かい目で見てきやがった。

誰のせいで、バカほどハードル上がってると思ってるんだ!


イラッとした俺はポロっと言わなくてもいい事を言ってしまう。


「あー、俺もプリメイラ エストレーラ目指してるんでよろしく?」


その瞬間、本日4度目の静寂が訪れた。やったね!

静寂は暫く続いたが、すぐにざわめきに変わる。


罵詈雑言が聞こえてくる、聞こえてくる……

完全にやらかして遠い目をしていると、

呆れた表情の立花女史と目が合い、また助けてくれないかなーと思っていると、思いが通じたのか、溜め息を吐きながら、次の自己紹介に移ってくれた。


それからは夙川ほどインパクトがある人はおらず、

印象に残ってるのは、夫婦喧嘩の時にいた姫路が同じクラスにいたぐらいか。


こうして波乱だらけの自己紹介は終わりを迎えるのであった……


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