第5話ひよりの独白


私、芦屋ひよりは鷹取翔真の事が好きである。


きっかけは7歳の頃に遡る……


私が彼と初めて会ったのは、彼が私の家に居候する事が決まった時でした。


「新しくここに住むことになった、鷹取翔真君だ。

仲良くしてやってくれ」


最初は父が何を言っているのか理解出来なかった……

暫く茫然としていたら、父が紹介した男の子が口を開いた。


「鷹取翔真です。よろしく」


私が彼を初めて見た時の感想は『綺麗』だった。

人形のように整った顔立ちは勿論ですが、

なによりも彼の達観した表情が人間と言うよりも、

遥か上から見下ろす完成された神様のように思えたからです。


ですが、そんな感想もすぐに消し去っていきました。


「おいお前、お茶入れろ」


初めて彼が私に掛けた言葉がコレである。

私は一瞬何を言われたのか分からなかった……

そんな私を見て、イラついたように彼は続けた。


「聞こえなかったか? 頭だけでなく耳も悪いんだな」


私はその言葉を聞いた瞬間、カッとなり彼の顔面に右ストレートを打ち込んでいました。

彼は何が起きたのか理解できず呆けていましたが、

すぐに状況を理解し、私の事を殴り返してきました。

そこからは殴り合いです。

後から聞くと、彼は一応手加減はしてくれてたみたいです……本当でしょうか?


それ以降、私と彼の仲は最悪でした。

私は最初の喧嘩で負けたのが悔しく、ことあるごとに勝負を吹っ掛けました。

しかし、私は一度も勝つことが出来ませんでした……

勉強やスポーツはもちろん、ゲームや早食いでさえも、

彼は飄々と勝ってしまうのです。


その頃の私は負けるのが悔しくて、努力して、挑んでは負けて、また悔しくて、努力し、挑んでは負けを繰り返す日々を過ごしていました。

我ながら負けず嫌いとは思いますが、彼が勝負の度に私なんて眼中にない態度を取っていたのも悪いと思います……


そんな毎日を繰り返し、半年が経過した頃、私の人生の転換期がやってきます。


その当時、私は知りませんでしたが、彼はとても有名な役者だったそうで、ある日、撮影のためにロケ地へ行ってました。

ロケ地が近くだった事もあり、両親は私に彼の演技を見学しに行こうと誘ってきました。

私は彼の事が嫌いだったので、最初は断りましたが、勝負に勝つには、相手の事を知らないといけないと母に言われ、渋々見学に行ったのを覚えています。

今だから分かりますが、恐らく両親は彼と私の仲が悪いのを心配したのでしょうね……


ロケ地に着くと初めての事もあり少し興奮していました。

ただ、役者の演技については、特に何の感情も湧かなかったのを覚えています。

ただそれは、彼が演技を始めるまでの事でした……


彼が演技を始めた瞬間、時間が停まったかの様に思え、

彼の一挙手一投足で、この空間の風景や音、匂いが再現されているのかと思う程に衝撃的でした。


ドラマの撮影が終わると、私は今まで彼を嫌っていたはずなのに、彼の演技を見て心の底から称賛する気持ちで一杯になりました。

彼が撮影を終えてこちらに来た時、私は彼の演技で感じた事を全て伝えました。

私のと怒涛の称賛に彼は面食らっていましたが、

伝えていくうちに表情が柔らかくなったのを覚えています。

全て伝え終わると、彼は笑顔で、私に対し初めて感謝の言葉を口にしました。

これは彼の心からの笑顔だったと思います。

私はそれを一生忘れないでしょう。


その日以降、彼の表情や態度が柔らかくなっていきました。

勝負に関しても、今までは眼中にない態度でしたが、あの日から真剣に相手になってくれて、

私が負けた時はアバイスまでしてくれまた。


その時からですね。私が彼に尊敬の念を抱きながらも、淡い恋心が芽吹いたのは……



彼が私の家に来て1年が経つ頃、ついに彼との生活も終わりを迎えます……

その日、彼の両親と名乗る男女が家に乗り込んできた時の事です。

その男女は彼に向かってにこやかに話し掛けていましたが、彼が何やら断ると、急に態度が豹変し、

彼に罵詈雑言を浴びせて掛けていました。


私はその光景を見て、彼の事だから何を言われても飄々と受け流しているのだろうと思ってましたが、

彼は普通の子供のように、今にも泣き出しそうな顔をしていました。


彼の弱々しい姿は初めてで、いつも飄々としていて、人に興味がないものと思っていたので、凄く衝撃を受けました。

その時ですかね……抱いていた恋心が昇華したのは……

弱ってる男性を好きになるなんて私はSっ気でもあったのでしょうか?

それとも母性本能が刺激されたのでしょうか……?



その時の私はどうかしてたのでしょうね……

気付けば、彼を庇うように抱き締めていて、彼が目を見開いていたのを覚えています。


それを見た彼の元父親は何を思ったのか、ナイフを振り回してきたのです。

私と彼がイチャイチャしてるように見えて、自身の現状と比べてイラついたのでしょうか……?


ナイフを振り回してきた男に対し、私の父は咄嗟に私と彼を庇い、背中を切りつけられてしまいます。

幸い母が警察を早く呼んでいた為、すぐに犯人は逮捕されて、父も病院に素早く搬送された為、大事には至りませんでした。


大事には至りませんでしたが、父が傷ついた時に、彼は物凄くショックを受けた顔をしていて、

翌日、手紙をリビングに置いて彼は姿を消しました……


それから彼は役者も引退したようで、

私は彼の居場所を把握する術を失ってしまいます。


そこで、私が彼を見つける事が出来ないのなら、

逆に、彼が私を見つける事が出来るように、有名になってやると誓い、女優の道を目指したのでした。


私は女優としての才能があったのでしょうね、沢山苦労はしてきましたが、すぐに頭角を現します。


私は、今、国民的大女優なんて言われてますが、

私の演技の原点であり目標は、あの日の彼にあり、

今ではやる気のない普通の人を演じていますが、

彼の凄さを世の中の人、全てに伝えたいのです。


それに、私の秘めたる想いなので口にすることはありませんが、大女優とも呼ばれる私と今の翔真さんが結婚することは難しいでしょう?

なので早く、私の前を歩くぐらい有名になってくださいね。

その為には私はどんな手段でも使うので覚悟してくださいね。翔真さん♪




私がこんな事を考えているなんて、隣で寝ているこの人は全く知らないのでしょうね……

煌星学園への入学の話を一昨日した事は悪いと思いますが、好きな方の家に行くのに、どれだけ勇気を振り絞ったのか翔真さんは分かっていませんよね……


そう思うと、隣で熟睡している彼に対し、少しイラッとしてしまい、彼を起す為に伸ばした手に力が入る。

そしてそのまま脇腹を思いっきり突いてしまうのでした……




















ズキッと脇腹に痛みが走る……


「ウ、ウグッ……な、何だ……」


「目が覚めましたか?」


「えっ?……ひより?……そうか入学式で爆睡してたのか……」


「そろそろ会場から移動する時間ですので、少々手荒でしたが起こさせて頂きました」


「あ、ああ、悪いな」


ただ起すにしてはかなり痛かったのだが……

俺、寝てる間にひよりに何かしたのか……?

そうだとしたらまた抹殺される危険が……


そんな事を考えていると、出口に近い生徒から順に退出していくのが見えた。

アイツらどこに行くのだろう…?


「それで俺達は次にどこにいくんだ?」


俺がひよりに訪ねると、残念なものを見る目で俺を見つめ、急に首を左右に振る。

すると表情が元に戻り、俺の質問に対して呆れを含ませながら答えてくれた。


「本校舎前に掲示板があるので、そこでクラスを確認し、教室へ移動します。

先生がさきほど仰ってましたが……」


「考え事をしてたから聞いてなかった……」


「……」


そのジト目やめてくれないかな……癖になりそう。




それから俺達は本校舎前でクラスの確認をしに行くと、

見渡す限り人で埋め尽くされていた。


これを見た瞬間、回れ右をして家に帰りたいと思い、

足が寮の方へ向こうとする。

すると、俺の逃走を阻止しようと思ったのか、ひよりに腕を掴まれ引き寄せられてしまう……


引き寄せられると、体が接触するのは自然の摂理だよね。だからコレは仕方ない。だって俺は掴まれてるだけだからどうしようもないし。そうそうひよりの胸が俺の腕に当たってるのもしょうがない。俺は何も悪くないし。


俺が心の中で全力で言い訳してると、俺達よりも後発でやってきた奴等が、後ろから押してくる。

すると、先よりもひよりとの距離が近くなり、息遣いすらも聞こえてくる。


ヤバい、ヤバい……距離が近くなった事で、ひよりの体温や匂いが感じられ、さらに腕に当たる幸せの感触がダイレクトに伝わってくる……


制服越しで分かりにくかったが、やっぱりコイツ結構あるな……

あまり拘りは無かったけど、何か目覚めそうでヤバい……


俺が男子高校生なら誰もが思う事を考えていると、クラスの確認が終わった前の方の奴等が捌けて、ひよりとの距離が空く。

すると、少し頬を赤く染めたひよりが、今のうちに前に詰めて、クラスの確認をしようと提案してきた。


ひよりの頬が赤いのって、俺を意識したせいか……?

いや違うな、人口密度が高くて暑かったせいだな。

大女優のひよりが俺みたいなヤツを意識はしないだろう。芸能界にはイケメンなんてゴロゴロいてるだろうし。


そして、俺とひよりは本校舎前の掲示板を見て、クラスの確認をする。


「鷹取、鷹取…………、お、あった。俺は2組だな」


「私も2組です」


「お、一緒か。よろしくな」


「よろしくお願いします。翔真さん」


俺とひよりは同じクラスだったようだ。

人と関わるつもりはないが、知ってるヤツがいると少し安心するものなんだな……


この時の俺はひよりと同じクラスになった事による安心感なのか、あのイベントの存在を忘れていたのだ。

陰キャやコミュ障がもっとも苦手とする、あのイベントの存在を……




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