第4話入学式前から帰りたい…


私立煌星こうせい教導学園

日本でも屈指の難易度を誇る高校で、政治、経済、芸能、スポーツと様々な分野に精通している著名人を多く輩出している。


そんな由緒正しき学校へ、長い前髪のせいで目元が隠れた、どこかパッとしない一人の男子生徒が門をくぐる。


パッとしない男子生徒こと、この俺は煌星学園の壮大さに気圧されながらも、幼少期から培われてきたプライドがそれを許さず、前を見て歩いていた。


煌星デカすぎるだろ。敷地どれぐらいあんだよ……

それに人も多すぎるし、すげぇ帰りたくなってきた……


俺がそんな益体の無いことを考えていると、

目の前で喧嘩している親子が目に入る……


「あなた! なんで昨日は帰ってこなかったのですか?

それにこのシャツに付いた口紅の跡はなんなんですか!?

きちんと説明お願いします!!」


「あ、明乃あけの、さすがに道の真ん中では迷惑になるから、向こうで話さないか?」


「そうよママ。ここじゃ恥ずかしいわ……」


明莉あかりは少し黙ってなさい。

あなた、疚しいことがなければここで説明出来ますよね?」


「疚しいことはもちろん無いぞ!

ただ、注目をだな……」


「あなた説明を。」


「ハァ、分かったよ。

昨日は大阪でのロケが終わった後に、そのままこっちに帰ってきが、親友の山ちゃんとばったり会って、

飲みに行ったら終電を逃し、東京駅近くのビジネスホテルに1泊しただけだ。」


「じゃあ、この口紅はなんなのよ!」


「それは……俺も良く分からないんだ……」


「分からないですって! 

どうせロケが終わった後に、女と寝てから慌てて今朝戻ってきたんでしょ!」


「そんな訳あるか! 俺は明乃一筋だ!」


「……そんなんで騙されませんからね!」



なんで俺は朝から他人の夫婦喧嘩を見させられているんだ……

コイツらが俺の目の前でおっ始めたせいで、注目を浴びているんだが……

しかも周りのやつらが早く仲裁しろよみたいな目で、コッチを見てくるんだが……


すれ違いで離婚になったら、明莉って言う女の子も困るだろうな。

俺には関係ないけど、流石に見捨てるのは目覚めが悪いか……


マジでめんどくさいけど、このまま放置しても時間の無駄だし、救ってやるか……

俺は人と関わる気はあまり無かったんだがな……


かなり嫌々ながらも、仕方なしに俺は口を開く


「あのー、すみません。」


「なによ! 邪魔しないでくれる!」


このおばさん怖っ……

でも、これぐらいは幼少期に体験済みだ。


「ご主人が仰ってる事は全て正しいと思いますよ」


「あなたに何が分かるのよ!」


「私はご主人の話を客観的に分析しただけですが、嘘をついてない事は分かりましたよ」


「関係ないのに出しゃばって来ないでよ!」


埒が明かないと思った俺は、ヒッステリックになってるおばさんを放置して説明に入る。


「まず、昨夜大阪から東京に戻ってきたのは間違いないでしょう。

東京から大阪は3時間ほどかかるし、新幹線の始発は6時ですので、現時刻の8時過ぎには間に合いません。」


「じゃあ東京に戻ってきて、女と会ってたんでしょう!」


「そこは完全には否定出来ませんが、可能性としては低いですね」


「どんな根拠があって……」


「旦那さんはタバコ吸われないでしょう?」


「どうして分かったんだい?」

「それが浮気と何の関係があるのよ?」


「まずは旦那さんの質問から答えますね。

シャツにタバコの匂いが染み付くほど、ヘビースモーカーであれば、スモーカーズフェイスと言って顔に出てくるんですよ。

特に旦那さんの年ぐらいなると出やすいですし、そもそもポケットにタバコ入ってませんよね?」


「タバコを持ってるかなんて、服の上から分かるもんなんだね……」

「旦那がタバコを吸わないからどうなんですか?」


「では次は奥さんの質問に答えます。

旦那さんはタバコを吸わないのに、タバコの匂いがシャツに染み付いているって事は、

昨日飲みに行った山ちゃんって方が吸ってたからじゃないんですか?」

「もちろん、お相手の女性が吸っている場合もありますが、匂いが染み付くタバコは女性的にあまり好まないと思います。

それに、タバコが吸えない男性と会っている時に、タバコをガッツリ吸う女性はまずいないでしょう」


畳み掛けて説明した事で、相手のおばさんの疑いが少し晴れてきてるように感じた。

それを見て俺はこのままラストスパートをかける。


「あと、口紅ですが、恐らく東京駅からこちらに来る時に、電車の中で付いたものと思われます。

理由は、まだ乾ききっていない点と口紅がついている箇所がご主人の胸元だからです」


「胸元に付いてるからって電車で付いたとは限らないじゃない!」


「では奥さん、タバコの匂いが染み付いたシャツにキス出来ますか?」


「あっ……出来ないわね…」


「それに旦那さんがこちらに来る時は、通勤ラッシュの時間と重なるので、満員電車内で付いた可能性が濃厚ですね」


「……」


おばさんも大分納得してくれたな。

そろそろトドメといくか


「最後に浮気をする人が結婚指輪をずっと着けていますでしょうか?

浮気するのであれば、普通指輪を外すはずでしょう?

今も、指輪を着けていると言うことは奥さんの事を大事にしている証拠ではありませんか?」


「あ、あなた……私、何て事を……ごめんなさい……」


「明乃良いんだよ。分かってくれただけで嬉しいよ」


「あ、あなた」

「明乃」


和解したんだったら、どいてくれないかな……

なんで朝っぱらから、他人の夫婦のイチャイチャしてる姿を見ないといけないんだ……


俺はげんなりしながら、迂回してこの場を立ち去ろうとすると、

先程おばさんに明莉と呼ばれていた女の子から声を掛けられた。


「あ、あの」


「なに?」


「両親の仲を取り持っていただきありがとうございます。」


正面からその女の子を見ると、あまりの綺麗さにビックリした。

流石にひよりクラスとはいかないが、それに準ずるレベルで可愛いく、茶髪でクリっとした目が特徴的だ。

テレビで見たことはないけど、女優かアイドルの卵か……?


「道の真ん中でちょっと邪魔だと思ったから口出ししただけ。

だからあまり気にしなくて良いから。」


「すごく正直に言うのですね」


そう言うと目の前の女の子はクスクスと笑っていた。

一頻ひとしきり笑うと、少しだけ目に涙を滲ませながら口を開く


「自己紹介がまだでしたね。

私の名前は姫路 明莉ひめじ あかりって言います。よろしくお願いします。」


「鷹取 翔真だ。よろしく」


「鷹取翔真さん……」

「よろしくお願いしますね!」


姫路は俺の名前を反芻し、笑顔で手を握ってきた。


「そろそろ行くから、手を放してもらっていいか?」


「あっ、すみません……」


「悪いな。じゃあ行くわ」


「改めてありがとうございました。

同じクラスになれると良いですね!」





俺は姫路と別れ、入学式の会場へと移動する。

傍迷惑な夫婦喧嘩で既に体力と精神力が底をつきかけ、

今すぐ帰りたいオーラー全開で歩いてると、

ふと、先ほど姫路が言っていた事が気になった。


アイツ、俺と同じクラスになれたら良いとか言ってたが、

俺は一般コースでアイツは多分芸能コースだから、

一緒のクラスになることはまず無いだろ……


そんな事を考えていると、肩にポンッと手が置かれる。

もう人と関わるのはりなんだが……

そう思いながら横を見ると、いつも通り綺麗な黒髪を靡かせて、ひよりが立っていた。


「翔真さん流石ですね。」


「なにがだよ?」


「見事に夫婦喧嘩を収めてたではありませんか」


「見てたのかよ……じゃあ助けてくれよ……」

「俺だって心底関わりたく無かったけど、目の前で喧嘩されて、周りのやつらからも仲裁しろよみたいな目で見られたから、仕方なくやったと言うのに……」


「でも、可愛い女の子と知り合えて良かったじゃないですか」


「なに言ってんだよ……」


「翔真さんは興味ない感じですか?」


「興味とか言われても、今日知り合ったばっかで、姫路の事全然知らないし」


「では私から紹介しましょう。

姫路明莉さんは新人声優さんで、演技力、声質が良いので、ファンや業界内でも評価も高いですね。

事務所はあのルックスを生かしアイドル路線で売り出したいそうですが、本人は今のところ興味はないらしいです。

あんなに可愛いくて実力がある子は今後売れますので、

今の内にものにしとかないと、手が出せなくなりますよ」


「姫路の事、詳し過ぎだろ!?」


「芸能界で同年代の子の情報はほとんど頭に入ってますよ。

それで明莉ちゃん可愛いくないですか?」


「ひよりは先から可愛い可愛い言ってるけど、お前の方が圧倒的に可愛いだろ!」


「あっ……」

「えっ……」


ひよりが姫路の事を可愛い、可愛い言って薦めてきたら、なんかイライラして、思わずこっ恥ずかしい事を言ってしまった……


「えっーと、その…なんだ、ひよりは国民的大女優だからな。可愛いなんて周知の事実だからな!」


「そ、そうですよね……客観的に見てって事ですよね?」


「そうそう」




それから、俺達は何だか気まずくなり、無言の時間が続く。

そして、お互いが喋っていない事で周りの音が良く聞こえてきた。


「あれって、芦屋ひよりだよね? めっちゃ可愛いくない!」

「うわっ、生の芦屋ひよりだ。ヤッバ可愛すぎやろ」

「芦屋ひよりもこの学校なんだ。ラッキー」

「ひより様。お近づきになれないかしら……」


やっぱり、ひよりは有名なんだな……

俺がひよりの事を可愛いって思ってるのも、世間一般と同じ考えだから問題ないよな。


すると、ひよりの事を褒め称える言葉の中に、

俺の事を話している内容も聞こえてきた。


「芦屋ひよりの隣に並んでる男子だれだよ」

「なんで、ひより様の隣にいんだよ。」

「あのパッとしない男子マジでウゼェ。そこ代われよ!」


ひよりの隣に歩いただけで、殺されそうなんだが……

昨日手を出してたら間違いなく抹殺されてたな……


俺が遠い目をしながら、1歩分ひよりから離れると、

ひよりはすぐに1歩詰め寄って来た……

また、1歩離れると1歩詰められ、歩くスピード遅めると、ひよりも遅め、逆に早くしてもついてくる……


なんかサッカーでマンマークされてる気分を味わっていると、この視線にもめげずにひよりが話し掛けてきた


「入学式後にクラス発表がありますが、同じクラスになれると良いですね」


「ん……? ひよりは芸能コースで、俺は一般コースだろ?

一緒のクラスにはなれないだろ?」


「あれっ、言ってませんでしたか?

煌星学園では芸能コースや一般コースと言う括りはありませんよ。

例えば、俳優を目指してる方とプロサッカー選手を目指してる方が普通に同じクラスだったりします」


「マジかよ……でも、それだったら専門的な勉強が出来ないだろ?」


「クラスでは基礎科目の授業を行うだけで、後は自身でポイントを使い履修する形になります。」


「なるほど……自分で自分の道を切り開くって事か……」

「それにしてもここでもポイントか……」






「そう言えば、翔真さんはもう端末はお持ちでしょうか?」


「お陰さまでな……」


「どうしました苦虫を噛み潰したような顔をしていますが?」


「誰のせいだと思ってるねん!!

あれから大変やったんやぞ……

ひよりが帰った後、徹夜で荷造りして、気付けば引っ越し業者来てて、寮に着いてからも入学手続きの書類を書いたり、端末の注意事項の説明や制服採寸等々で気づいたら夜やった……」

「荷解きも全然終わってないし、制服はギリギリ間に合わせてくれたけど、担当者がゴミを見る目で見てきてたな……」


「あらあら、ちょっと処分したいので、その担当者のお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


「処分って……どう考えてもこっちが悪いだろ。

普通、前日の夕方に採寸して、翌日の早朝に仕上げてくれる所はないぞ」

「そもそも俺がこんな苦労したのは、ひよりがもっと早くに言ってくれなかったからだぞ!?」


「えぇーん……翔真さんが怒ってきます……」


「そんな典型的な嘘泣きで騙されると思うなよ……」


ひよりは泣き真似をしながら、こちらをチラチラ見ていて、どんな三文芝居だよって思ってたが、

周りはそうではなく、至る所から殺気と罵詈雑言が飛んでくる


「アイツ芦屋ひよりを泣かしてるぞ。処す?」

「ひより様を泣かした? 生きてきたことを後悔させてやるわ」

「おい、アイツ埋めるか?」

「いや、沈めるぞ!」


ヤッバ……早く、ひよりの嘘泣きを止めないと俺が死ぬ……


「ひよりさんや、そうだね、国民的大女優だから忙しいもんね、そりゃゴミ虫の俺に伝える時間もないよな。

逆にそんな忙しい中、伝えてくれてありがとうな」


なんで、俺が謝らないといけないのか不明だが、

気持ちを抑えて謝罪すると、ひよりは泣き真似を止めて、上目遣いで特大級の爆弾を放り投げてきた。


「泣き止むので、頭を撫でてください」


「!?……」


こ、コイツ……

頭撫でたら→周りのやつらに殺される

このまま泣き続けたら→周りのやつらに殺される


どっちしろ詰んでるじゃねぇか! 

考えろ、この場を切り抜ける最高の手段を!!!!


「ひより様。人目が無いところならいくらでも頭を撫でてやるので勘弁して下さい……」


「撫でてやる?」


「撫でさせて頂く栄誉を賜りたく存じます。」


「ふふっ、良いでしょう。それで手打ちにします」


「ありがたき幸せ」


ちょっと待て、なんで俺が悪い流れになってるんだ……








入学式の会場に着くと、すでに沢山の人で席が埋まっていて、保護者の席にはテレビや新聞で見たことのある著名人がズラリと並んでいた。


俺は生徒側の適当な席に座ると、真横にひよりが当たり前のように座ってきて、目立つ事を嫌った俺が抗議の目で見ると、

ひよりは手を目元に持ってきて、また泣き真似をする動きをしたので、慌てて視線を逸らした。


さすがのひよりもこんな所で泣き真似はしないと思うけど……

俺は違うが、知り合いがいない場所ってのは寂しいみたいなので、隣に座らせる事ぐらいは許してやろう。


「そう言えば、ひよりの叔父さんと叔母さんは来てるのか?」


「いえ、父は最近体調が優れず入院しているので、来られません。

母は父の付き添いですね」


「マジで!? 叔父さん大丈夫かよ?」


「大事を取って入院しているだけなので大丈夫ですよ」


「お見舞いに行きたいから病院の場所教えてくれ。」


「えっ?……人と関わるのが嫌いな翔真さんがどういう風の吹き回しでしょうか?

それに、翔真さんは父の事を苦手かと思ってました。」


「さすがにお世話になった方だから、見舞いぐらいは行くさ。

叔父さんの事も別に嫌ってはないぞ。

ただ、俺の元親が叔父さんに傷を負わしたから、気まずいだけ」


「そうですか。また休みの日に案内しますね」


「ひよりも来るのか? 学校と女優業で忙しいんじゃ……」


「大丈夫ですよ。中学の時もやっていましたし、

高校では勉強の為に、女優の仕事は少し減らしてますので」


「そうか……」


よく考えると、今まさに売れに売れてるひよりが、何でこの時期に煌星に来たんだ?

ブレイクが過ぎてから、転入する手段もあったと思うのに……


俺が口を開こうとしたタイミングで、校長と思われる老人が壇上に立ち、老人を照らすようにライトアップされる。

気を逸してしまったので、俺もおとなしく壇上の方へ目を向けると、老人がおごそかな雰囲気で挨拶を始める……





さて、入学式で覚えているのはここまでだ。


なぜなら、慣れない喧嘩の仲裁をした後に、幼馴染みには揶揄からかわれ、周囲からは殺気を叩き付けられたりと、朝からハード過ぎて、

俺は入学式早々、爆睡してしまうからだ……






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