第715話 一軍合流
早速、僕は荷物をまとめ、札幌に向かった。
フリーエージェントか…。
プロに入った時の事を考えると、夢のようだ。
自分で言うのも何だが、1年1年、必死に頑張ってきた賜物だと思う。
今のところ、行使するつもりは全くない。
でも行使する権利があるのと、無いのでは大違いだ。
今、チームは首位を争っている。
まずはその良い流れに乗れるように、僕が復帰したから流れが悪くなったと言われないように全力を尽くそう。
飛行機の窓から見える、雲の上にある太陽を見ながらそう思った。
僕の昇格と入れ替わりで、光村選手が二軍に落ちた。
同学年の光村選手はバッティングは良いが、守備は平凡である。
本職はセカンドだがルーキーの榎田選手に押し出され、今シーズンはファーストまたはサードを守ることが多かった。
開幕直後はバッティングの調子が良く、スタメン出場もあったが、シーズン通算打率が.250を切り、再調整となったようだ。
「よお、谷口」
相変わらず、ムスッとした顔して、球場の関係者入口を入ってきた谷口に声をかけた。
ベテランの域に達していても、ホームの試合で球場入り一番乗りを継続しているのはさすがである。
僕は今日は復帰初日とあって、ワクワクする気持ちを抑えきれず、いつもより早く球場入りしていた。
谷口は僕と同じ年のドラフトで、静岡オーシャンズに2位指名を受けてプロ入りした、いわゆる同期の選手である。
なかなか期待に応えられないシーズンが続いたが、札幌ホワイトベアーズに現役ドラフトで入団して、バントのできる中距離砲として、独自の立ち位置を築いた。
もっとも今シーズンは、開幕から4番に座ることが多く、バントは一度もしていない。
「…」
谷口は僕の事が目に入らないように、目の前を素通りした。
「おい、コラ。無視するな」
「あ?、誰かと思った。しばらく顔を見ないうちに記憶の片隅からも、お前の存在が消えていた」
「お前な、12年もの長い付き合いだろう。たった半年、顔を合わせないくらいで忘れちゃダメだぞ」
谷口は大げさにため息をついた。
「ああ、これで平穏な日々が失われる…。
せっかく開幕から良い調子を維持していたのに…」
谷口はここまで打率.262で、ホームランはチーム最多の17本と自己最高ペースの成績を残している。
このままいくと、ホームラン30本は厳しいが、25本くらいは打てるかもしれない。
「それはどういう意味かな。裏でじっくり聞かせてもらおうか」
「いや、お前がいないと心の平穏が維持できるというか、変に心が乱されないというか…」
「ほう、まるで俺がお前の心を乱していたみたいな言い方だな」
「だって誰かさんは、塁に出るとチョロチョロと煩わしいし、バッターボックスではネバネバとなかなかアウトにならないし…。
その点、湯川と榎田は早打ちだから、ペースを掴みやすいんだ」
確かに新しい1、2番コンビは、ファーストストライクからガンガン打っていくので、調子が良い時には脅威であろう。
その分、フォアボールは少なくなるので、出塁率は低くなる。
「で、ケガは治ったのか?」
「ああ、お陰様で良くなった。パワーアップした姿を見せてやるよ」
「最近、チームの調子が下降線を辿っているから、首脳陣はお前に起馬鹿剤としての役割を期待しているんだろう。まあ、頑張ってくれ」
そう言って、谷口は僕の肩をポンと叩いて、ロッカールームの方に消えていった。
その後、続々と選手や首脳陣、球団スタッフが球場入りし、僕は挨拶して回った。
首脳陣やチームスタッフは今の下降線のチーム状況を変える役割を期待している、と言ってくれた。
選手はいつの間にか、自分よりも若い者がほとんどとなっており、僕に遠慮がちに声をかけてきた。
自分の立ち位置が数年前と変わっているのを感じる。
自分よりも年上は野手では、道岡選手、下山選手、武田捕手、上杉捕手くらいになっている。
札幌ホワイトベアーズは伝統的に、選手の入れ替えが多く、改めてチームは世代交代の真っ只中にあると感じた。
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