第714話A 一軍復帰?

 この日は足を捻ったため、大事を取って、1イニングだけ守備について交代した。

 一晩様子を見たが、全く問題がなかった。


 よって翌日の試合は、1番ショートでスタメン出場を告げられた。

 そして1回裏の打席で、いきなりレフト線にツーベースヒットを放った。

 2軍とは言え、1本ヒットがでるとホッとするのもまた事実である。


 2打席目はセンターライナーだったが、感触は悪くなかった。

 この日は5回表の守備までで退いた。


「タカハシ、チョウシハドウデスカ?」

 ジャック監督が二軍施設までやってきた。

 今日は一軍は移動日であり、仙台から川崎までの移動の途中に寄ってくれたとのことだ。


「はい、絶好調です」

 僕は肩を回した。

「すぐにでも一軍で活躍できます。多分」

「ソレハタノモシイデス」

 同行していた石山マネージャによると、最近はチームの成績が下降気味であり、湯川選手も打率3割を切り、開幕から2番を任されている榎田選手にも疲れが見えているそうだ。

 ここまで首位を快走していたチームも、7月は勝率5割と調子を落としている。


「ダカラ、トウチームハキバカザイヲモトメテイマス、ペラペラペラペラ」

 今、起“馬鹿”剤と言わなかったか?

 通訳によると、チームの勢いを取り戻すきっかけが欲しいので、僕の復活を待ち望んでいるそうだ。


『トイウコトデ、ライシュウカラ、ゴウリュウシテクダサイ。キバカザイトシテノカツヤク、キタイシテイマス』

 やっぱりバカと言ったな。

 これは完全に言い間違いではないだろう。


 まあ、いいや。

 ようやく僕にとって、今シーズン開幕だ。

 やっぱり一軍と二軍では、緊張感が違う。

 もちろん二軍でも一生懸命にやるのは変わらないが、無意識な部分、心の奥底ではどうしても違いがある。


 来週は札幌での6連戦。

 復帰の舞台としては最高だ。

 是非、全試合ヒーローインタビューを受けて、高橋隆介ここにあり、というのをファンの皆様にアピールしたい。


 ということで近しい人や、どうでもいい奴に復帰の報告をした。


「ほう、ようやく復帰か。

 札幌ホワイトベアーズも思い切ったもんだな」

 三田村が言った。

 もちろん彼は近しい人ではなく、どうでもいい奴の一人だが、連絡しておかないと後からうるさいので一応報告した。


「そりゃ、最近チームの調子が落ちているから起爆剤としての効果を期待しているんだろう」

「いや、俺が言っているのはそういう意味ではない」

「どういう意味だ?」

「フリーエージェントだよ」

「は?」

 いきなり予想もしていなかった、単語がでてきた。


「故障者特例措置制度って聞いたことがないか?」

「故障車特例? なんだそれは。俺のぽるしぇ号が壊れたら、球団で費用を持ってくれるということか?」

「バカも休み休み言え。お前の車が壊れようが、事故を起こそうが、そんなものを球団が払うわけないだろう」

「じゃあ、どういうことだ?」

 三田村は大きくため息をついた。


「いいか、耳をかっぽじって聞け。

 昨シーズン145日以上、一軍登録された奴が、2月から11月の間に、球団の管理下でケガをした場合、フリーエージェント日数に60日加算する制度がある」

「ほうほう、それで?」

「お前が国内フリーエージェントに足りないのは、84日だろう」

 何でこいつがそんな事を知っているんだ?


「はあ、それで?」

「つまり今から一軍に復帰して、シーズンを完走したらフリーエージェントの資格を取れるという事だ」

「え、マジか?」


 僕は驚いた。

 別にフリーエージェントをするつもりがあるわけではない。

 でもフリーエージェントの資格は誰でも取れるわけでは無い。

 プロに入って、一定の成功を収めた証だ。 

 だけど僕はケガをしたので、てっきり来年に持ち越しだと思っていた。 


「だから俺はてっきり今シーズンは、9月くらいまで二軍では塩漬けにしておくのかと思っていた」

 なるほど。

 つまりこのタイミングで、僕を一軍に上げるのは球団としての温情かもしれない。

 もちろんチームの戦力として、僕を必要としているという理由もあるのだろうけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る