第713話 いよいよ開幕?

 僕は今、茨城県にある2軍の球場にいる。

 今日からいよいよ実戦復帰だ。

 まずはベンチスタートを告げられており、途中出場予定だ。

 代打と守備のどちらでの出場になるかはわからないが、いつ呼ばれても良いように念入りにウォーミングアップをした。


「ようやく復帰だな」

 ベンチに座っていると、今日先発予定の五香がブルペンから汗を吹きながらやってきた。

 五香は僕と同年代なので、プロ12年目を迎えるが、今年も二刀流を継続している。


 昨シーズンは投げては貴重な敗戦処理投手として、そして打っては野手を使い切った時の代打として、一軍に引っかかっていたが、今年は2軍生活が長くなっている。

 歳も30歳を越えており、今年は正念場だろう。


「ああ、やっと開幕だ。お前はどうだ、調子は」

「ああ肩も軽いし、絶好調だ。

 今日は完封して、一軍昇格をアピールしてやる」

 

 チームが好調だと、なかなか一軍昇格のチャンスが巡ってこない。

 メンバーを入れ替えることで、今のチームの良い流れが変わるのを恐れるためだ。


 もっともジャック監督は、GMから転身しているので、選手一人一人のことを熟知しており、日々各選手の調子を把握しているようなので、めげすにやっていればチャンスは巡ってくる…かもしれない。

 一応断っておくが、GMからの転身といってもゼネラル・モーターズからの転職ではなく、ゼネラルマネージャの略だ。


 今日は新潟コンドルズ戦。

 新潟コンドルズとはリーグが異なるので、一軍では交流戦、オープン戦、日本シリーズでしか相まみえることはない。

 そしてこのチームにも崖っぷちというか、崖から一歩足を踏み外しそうな選手がいる。


「よお、やっと復帰か」

「おう、葛西。お前も元気そうだな」

 葛西は高校時代のチームメートで大学、社会人を経て、新潟コンドルズに入団した。

 高校時代、僕との二遊間は史上屈指の名コンビと言われていた。(自称)

 

 葛西は好守備を武器に、プロでもそれなりに出場機会があったが、昨シーズンは一軍出場が無かった。

 年齢的に戦力外が噂されたが、ドラフトでの結果も相まって、生き延びた。

 だが今シーズンもここまで一軍出場がなく、厳しい立場となっている。


「ああ、身体は元気だ。いつ一軍に呼ばれても良いように、準備はしている」

 葛西くらいになると、2軍でも出場機会は限られる。

 どうしても2軍の試合は若手優先になり、試合勘を失わないように、ほとんどが途中出場で、稀にスタメンという感じだ。

 

 腐っても仕方がない境遇だと思うが、葛西は日々の鍛錬を怠っていない。

 いつか報われてほしいと思うが、プロの世界では結果が全てである。


 例え鼻くそをほじりながらユーチューブを見てようが、練習せずにパチンコに行こうが、結果を残したものの勝ちである。


「今日は久しぶりにスタメンなんだ。

 バットでもアピールしてやるさ」

 葛西は思い詰めたような表情で、左手にもっていたバットを両手で握りしめた。

 まあ頑張れ。

 ベンチに戻っていく後ろ姿にそう語りかけた。


 そして試合が始まり、五香は4回5失点でマウンドを降り、葛西は3打数ノーヒットで途中交代になった。

 2人ともダメじゃん…。

 やはりプロは厳しい。

 気合だけで何とかなる世界ではない。


「おい、高橋。この回からショートの守備に入れ」 

 そうプロでは、この回からショートの守備に入るのだ…。

 え?、あ、油断していた。

 僕は慌ててグラブをつかみ、フィールドに駆け出し、レフトの守備位置に向かった。


「おい、高橋。どこに行くんだ」 

 あ、ショートね。

 アイアイサー。

 僕は急旋回して、ショートの方向に向き直った。

 その瞬間…。

 いて、足を捻った…。


 これで担架で運ばれたりしたら、僕は末代までの笑いものになっただろう。

 良かった。大したことなくて…。


 

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