第711話A 痩せても枯れても

 季節は早くも5月下旬となった。

 今日はチームドクターの診察を受ける。

 これで経過良好なら、いよいよ肩に負荷をかけるリハビリの開始だ。


 札幌ホワイトベアーズは好調を維持し、何とシーリーグの首位を争っている。

 2年連続4位から躍進と言えるだろう。

 好調の要因は幾つかあるが、その一つとして、二遊間コンビの活躍がある。

 実績のあるショートの湯川選手は、打っても打率3割をキープしているし、ルーキーの榎田選手も280台の打率をキープし、守備も安定している。


 打線でも1、2番コンビを結成し、チャンスメークしてクリーンアップトリオに繋ぐ形が、出来上がっている。

 3番のティラー・デビッドソン、4番の谷口もすでにホームランを二桁に乗せており、今季は特に効率的に点を取っている。


 今日は僕はリハビリの一環である、自転車こぎ(エアロバイクともいう)をしながら、プロ野球中継を観ている。


「いやー、しかし今年の札幌ホワイトベアーズは絶好調ですね」

「本当ですね。まず二遊間コンビが良いですよね。

 打っても、守っても、走っても」

「そうですね。榎田選手はとても新人とは思えない活躍ですね」

 実況のアナウンサーと解説者が話している。


「今シーズン4番に座る、谷口選手も調子が良いですね」

「そうですね。2年目の3番のティラー・デビッドソンもチャンスに強いし、下位打線もここぞというところでの活躍が目立ちますね」

「そう言えば、昨シーズンまで不動のレギュラーがいましたよね。なんて言いましたっけ」


「道岡選手ですか?」

「いえ、道岡選手はベテランとして代打の切り札で結果を出しているので…。

 ほら、あいつ、お調子者の…」

「えーと、誰でしょう…」

「昨シーズンは外野を守っていて、メジャー挑戦するといって挫折した…」


「あー、高橋隆介選手ですか?」

「おう、それそれ」

「高橋選手はキャンプ中のケガで、今は絶賛リハビリ中と聞いています」

「実はチームの好調の最大の要因は、高橋選手がいないことかもしれませんね」


「それはどういう意味でしょうか?」

「今年の札幌ホワイトベアーズはクレバーな野球をしていますか、バ◯が一人いると作戦をぶち壊してしまうので…。スタンドプレーというか…」

「高橋選手はそんなにバ◯なんですか?」

「はい、一緒のチームでプレーしたことがありますが、サインも覚えられず、間違ってはよくコーチに怒られていましたね」

「なるほど…」


「試合が終わると、いつも腹減ったとせがむので、僕と高台で良く飯に連れて行ったものです」

「そうなんですか?」

「そのくせ酒が弱くて眠くなると、黙って先に帰るんです」

「とんでもない人ですね」

「はい、昔からそういうヤツでした。

 ふてぶてしいにも、ほどがあります」

「いわゆる『ふてほど』ですね」


 なるほど『ふてほど』って、良くわからなかったけど、こういう使い方をするのか。

 新聞を見ると、今日の解説者は泉州ブラックスでチームメートだった岸さんだった…。

 そう言えば昨シーズンで引退して、今年から解説者をやっているんだった。

 ていうか公共の電波を使用して、人の悪口を言わないで下さい…。


 でも確かに今の札幌ホワイトベアーズに僕が復帰したとして、居場所はあるのだろうか…。

 二遊間はがっちり固まっているし、レフトの谷口は打撃好調である。

 センターやライトも守れないことは無いが、それほど肩が強い方でもない。

 サードはティラーがいるし、ファーストはブランドンがいる。


 そう考えると、復帰しても控えからスタートかもしれない。

 昨シーズン終了から、半年も経っていないのに、僕がいなくてもチームは問題なく回っている。

 しかも日本人の野手では一番年俸が高いのに…。


 焦っちゃだめだ、焦っちゃだめだ、焦っちゃだめだ…。

 僕は自分自身に強く言い聞かせる。

 そうしないと気が急いてしまう。


 プロ野球のシーズンは長い。

 開幕から最後まで、調子を維持するのは至難の業だ。

 今はみんな調子が良くても、そのままとはいかないだろう。


 僕は痩せても枯れても、規定打席に3回到達し、しかもそのうち2回は打率3割を記録している。

 復帰した時に調子が落ちているところにスポッとはまれば良いさ。

 そう考えることにしている。

 

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