第710話A いよいよ開幕…のようですね

 1か月の安静ののち、日常生活には支障がなくなった。

 ここからはリハビリだ。

 季節は春。いよいよ開幕だ。 

 僕はテレビ画面を通して、開幕セレモニー、開幕戦を観るしかない。

 率直に言って悔しい。

 本来なら自分がいるべきポジションに、別の選手が入っている。


 今シーズンはもう一度、ショートで勝負したいと考えていた。

 チーム事情で外野手を守ることも厭わないが、やはり自分はショートが一番好きである。

 昨シーズン、外野を守ってそれが良くわかった。

 

 ショートは大変なポジションだ。

 強い打球も多いし、ファーストまでの送球距離も長い。

 でも外野へ抜けそうな打球を、紙一重でしれっと取って、一塁で間一髪アウトにする。

 そして何食わぬ顔で球回しに加わる。

 何と絵になるポジションだろう。

 ケガが治ったら、よりパワーアップした姿をファンの皆様にお見せしたい。

 そんな思いでリハビリを頑張りたいと思う。


 開幕戦のスタメンはセカンドに榎田選手、ショートは湯川選手だ。

 榎田選手は昨秋のドラフトで2位入団した大卒の選手だ。

 走攻守三拍子揃った大型新人との触れ込みであり、特徴的に僕と被る。

 だからキャンプ中は影でいじめにいじめ抜いて、プロの厳しさを思い知らせてやろう、と思っていたのに…。

(そんな事を考えていたから、ケガしたんじゃないですか?、作者より)


 榎田選手の入団により、ディラー.デビッドソンはサードに回り、今日スタメンに名を連ねている。

 よって僕が復帰するまでは、セカンドは榎田選手と光村選手を中心とした争いになるだろう。


 長年、札幌ホワイトベアーズのサードといえば道岡選手のポジションだったが、三十代後半になり、衰えが見えている。

 静岡オーシャンズの黒沢選手も、現役続行したが、選手生活としては晩年を迎えている。


 昨年の開幕戦はレフトは僕が守っていたが、今シーズンは谷口がスタメンだ。

 まあ打撃重視のポジションということだろう。


 試合は9対3で札幌ホワイトベアーズが、川崎ライツに快勝した。

 新人の榎田選手は4打数3安打で、しかも8回にはダメ押しのホームランも放った。

 チームが勝利したことは嬉しい。

 ポタッ。

 なんたこれは…。


 僕は自分が思っていた以上に、ここにいることが悔しいようだ。

 あの日、あの時、ケガをしなければ…。

 そう思わない日はない。

 そんな事を思っても仕方がないことは良くわかっている。

 でも思わざるを得ないのだ。


 僕はテレビを消した。

 これからリハビリに行く。

 焦らずに少しずつ。

 以前、三田村が言っていたことを思い出した。

 故障からの復帰は、トランプタワーを作るのに似ている。

 

 1枚ずつ慎重に積み重ねていく。

 焦らずに落ち着いて…。

 ほんのちょっとでも、油断したらそれまで積み上げたものが水泡に帰す。

 そうなるとやり直しとなるが、再度積み上げていくのは最初以上に大変である。

 特に気力の面で。


 リハビリメニューはチームのトレーナーが作成してくれた。

 トレーニングマシンごとの回数、負荷はもちほんのこと、それを行うタイムスケジュールまで、分単位で書いてある。

 毎日、それにそって着実に一歩ずつ、積み重ねていく。

 それが復帰の日に繋がっていることを信じて。


 開幕後10試合を、札幌ホワイトベアーズは7勝3敗の首位で通過した。

 口の悪い奴から、チームの輪を乱す奴がいないから調子がいいんじゃねぇの、とLINEがきた。

 

 もちろん既読スルーした。

 うん十年前にポケットベルなるものが、若者の通信手段だったころは、それを無視することをシカベルと言ったらしい。

 ポケットベルの着信をシカトすることらしい。

 そう言えば、昨年の流行語大賞は『ふてほど』だったらしい。

 僕はその言葉を一度も使ったことが無いけど。


 バカなことを考えてないで、リハビリ頑張れって?

 はい、そのとおりですね…。

 僕は愛車、ぽるしぇ号に乗り込んだ。

 

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