第709話A 絶賛休養中

 手術から5日後には退院したが、それから約一か月は装具で肩を固定する必要がある。

 沖縄にいても仕方が無いので、札幌の自宅に帰り、安静にすることにした。

 装具をつけたまま、帰宅すると翔斗はとても驚いていた。

 そして興味津々だった。

「パパは改造人間になったの?」

 仮◯ライダーの見過ぎである。


 翔斗は普段ほとんど家にいない僕がずっといることを喜んでいる。

 でも結衣が言い聞かせてくれたようで、普段ならボール遊びをせがんでくるが、我慢しているようだ。

 どうやらボールを投げたら、死んじゃうと教えたらしい。


「ねえ、パパはいつ治るの?」

「そうだね。もしかしたら一生治らないかもしれないけど、翔斗が良い子にしていたら、治るかもしれない」

「本当?、翔斗、良い子にする」

「そうか、偉いぞ。翔斗」

 僕は翔斗の頭を撫でた。

 

「ウェーン」

 スマートフォンで出来損ないの野球小説を読んでいたら、結茉の泣き声がした。

 どうした、どうした?

 ふと見ると、翔斗が結茉が遊んでいたぬいぐるみを取り上げたようだ。

 結衣は買い物に行っている。

 

「翔斗…。パパが一生治らなくていいのかな?」

「だって…、結茉ちゃんが僕のぬいぐるみで遊んでいたから…」

 そのぬいぐるみは緑色で、ずんぐりむっくりした恐竜みたいな形状をしている。

 翔斗が3歳の時に買ってあげたものだが、結茉もなぜか気に入っている。


「今、遊んでいなかったなら、結茉に貸してあげてもいいだろう?」

「だって僕も遊びたいんだもん」

 翔斗は結茉が遊んでいるのを見て、自分も遊びたくなったようだ。


「そうか、翔斗はパパが一生治らなくても良いんだね?」

「嫌だ…」翔斗は泣き出した。


「じゃあそのぬいぐるみを、結茉に貸してあげるかい?」

「うん…。はい、結茉ちゃん」

 翔斗は泣きべそをかきながら、結茉にぬいぐるみを渡した。

 結茉はニッコリして、そのぬいぐるみを抱きしめた。


「よし良い子だ」

 僕は翔斗の頭を撫でた。

「翔斗が良い子にしてくれたら、パパのこの肩は早く治るよ」

「うん、翔斗。良い子にする」

 目をこすりながら、翔斗が言った。


 そして僕はまたスマートフォンの野球小説に没頭した。

 ドラフト7位で入団した高卒の投手が、四苦八苦、七転八倒の末にローテーションに入り、大リーグに挑戦する話だ。

 あまりに非現実的でおかしくなる。

 まるで小説みたいだ。

 まあ小説だが…。 


「ウェーン」

 またか…。僕はため息をついて、スマートフォンを下に置いた。


 今度は翔斗が結茉が手に取っていた絵本を、取り上げたようだ。

 翔斗お気に入りの山崎の絵本である。

 何度も読んでボロボロになっている。


「翔斗。結茉をいじめると、その絵本捨てるぞ。ていうか捨てさせてくれ」

「だって…」

 翔斗は涙目になっている。


「僕、この絵本読みたいんだもん」

「いいかい。この絵本は有害図書なんだよ。

 読んでいるうちに性格が悪くなっちゃうから、そろそろ捨てようか」

「いやだ」

 翔斗はその絵本を抱きしめた。


 結茉も数ある絵本の中で、なぜかこの絵本の表紙を気に入っている。

 まだまだ字も読めないのに、この本の何が幼児の琴線に触れるんだ?


 「翔斗。人が持っているものをとっちゃダメなんだよ。そんな事をすると、パパは一生野球をできなくなるよ。

 それでも良いのかな?」

「嫌だ…」

「そうだろう??じゃあ良い子にしていてね」


 僕はスマートフォンを手に取り、続きを読んだ。

 しかしこの小説の作者の赤山浩介という人物はよっぽど暇なんだろう。

 対してPVも伸びないのに、2年以上も書き続けて…。

 きっとやめるに辞めれなくなっているんだろうな…。かわいそうに…。

 そんな事を考えていると…。


「ウェーン」

 またか…。

 僕は大きくため息をついた。

 結衣はいつ帰って来るんだろう。

 早く帰って来てくれないかな…。

 

 改めて子育ての大変さを、垣間見た気がした。

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