第708話A 神は乗り越えられる試練しか与えない…はず

 ここまでのプロ野球人生。順調すぎたのかもしれない。

 僕は病院のベッドの上で、窓の外を見ながらそう思った。


 キャンプの紅白戦でスライディングした際に、左肩を痛め、僕はあまりの痛さにその場でうずくまった。

 すぐに病院で診察を受けたところ、左肩亜脱臼との診断結果だった…。

 手術を受け、復帰まで全治6ヵ月との事だ…。

 今から6ヵ月という事は復帰時期は8月か…。


 手術後、約一か月間は患部を固定し、リハビリを経ての復帰となる。

 ケガをしたのが投げる方の右肩でなかったのが、不幸中の幸いである。

 

 僕はカレンダーを見た。

 本当なら今日はキャンプの休養日なので、沖縄の海を満喫しているはずだったのに…。

 ああ神様、あなたは僕に何の恨みが…。

 そりゃ子供の頃、神社でいたずらをしたことがあったかもしれないけど…。


 でも神は乗り越えられる試練しか与えないという。 

 そうか、この試練を乗り越えればきっと明るい未来が待っているんだ。

 例えばリハビリで筋トレをしたところ、パワーが増して、ホームランが増えて三冠王を取るとか。

 

 「おう、ここだここだ。なんだこいつ、一丁前に個室なんか取りやがって。

 しかも特別室だとよ。贅沢しやがって」

 外から聞き覚えのある声がした。嫌な予感しかしない…。


「よお、生きていたか」

 ドアが開いて入ってきたのは、三田村と五香、そして谷口だった。

 三田村の手には菊の鉢植えがある。

 どうやら嫌がらせに来たようだ…。


「悪いけどこの部屋は面会謝絶だ。お前らの顔を見ると、治りが遅くなる」

「まあまあ、そう言うな。せっかくのキャンプの休日に来てやったんだ。ありがたく思え」

「いやいやそんな気を使わずに、さっさとお帰りください」

 僕の言葉を無視して、招かれざる客3名はベッドサイドの椅子に座った。


「どうだ、調子は」と谷口が口を開いた。

「これを見て良さそうに見えるか?」

 僕は包帯でぐるぐる巻きにされた左肩を見せた。


「何か痛々しいな。まるでケガをして手術を受けた後のようだ」と五香。

「正真正銘、ケガをして手術したんだよ」

「病院食はどうだ。旨いか?」と聞いていたのは三田村。

 こいつは他に聞くことは無いのか?


「チームのみんなが心配しているぞ。これで出場機会が増えるとか、今年はレギュラー獲得のチャンスだとか、バカのいぬまに洗濯とか…」

 それのどこが心配しているのだ。

 単にライバルが一人減ったとほくそ笑んでいるだけだろう。


「で、結局お前らは俺をからかいに来たのか?」

「そんなわけないだろう。激励に来てやったんだ。おっ、これ旨そうだな。一つもらっていいか?」

 僕が答える間もなく、三田村はベッドサイドに置いてあったゴデ〇バのクッキーを缶からつまみ上げ、口に入れた。

 さきほど球団幹部が来て、お見舞いでもらったものだ。


「おっ、これ旨いぞ。お前らも食ってみろ」

「本当だ。これは旨い」

 君たちは何しに来たのかな?

 できればそろそろ帰ってくれると嬉しいんだけど…。


 結局、3人は2時間くらい居座った上で、菊の鉢植えを置いて帰って行った。

 これは知らなかったのか、嫌がらせか、どっちだ?

 ほぼ間違いなく嫌がらせだろう…。


 入院中は安静にしていなければならないため、見たくても時間が無くて見られなかった映画を見たり、本を読んだりして過ごした。

 ものは考えようである。

 ケガをしてしまったこと自体は悔しいが、野球選手をやっている限り、多かれ少なかれケガはつきものである。

 プロに入ってのこれまでの11年間。

 入団4年目にデッドボールによる骨折で、2か月間棒に振ったことはことはあったが、それ以外は大きなケガはなかった。

 それはもちろん僕の日ごろの行いの良さはあるが、運も良かったのだろう。

 今は雌伏の時。まずは焦らずじっくりと直して、復帰するシーズン終盤に大暴れしてやろう。

 病室の窓から、快晴の沖縄の空を見ながらそう思った。

 





 





 


 



 


 

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